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2020年1月15日水曜日

豅リリョウ in JMoF 2020

総括

正直なところ不安感が勝っていたが、それを吹き飛ばすエネルギーを持った参加者と、ボランティアやスタッフの現場担当者による尽力で、JMoF 2020もまた私の記憶に残るコンベンションになった。

年末年始

年末年始の休みをコミックマーケット97のサークル活動(Philosofur)とJMoF 2020コンブックの原稿作成・版下チェックに捧げる。
新刊『Philosofur extra 5』は、構想・アンケート調査1ヶ月、原稿・版下作成2週間の極限のスケジュールで制作。12月26日(木)入稿。30日(月)に売り子としてブースを切り盛りする。

次は『Philosofur 3』を出すぞ!

コンブックを1月7日(火)未明に入稿、Web班にホテルからの依頼と電子版コンブックの掲載を依頼するため原稿を作成、8日(水)に入稿。
その日から、事前に他の広報スタッフに作業指示しておいた、開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックに着手。

1日目

年始の仕事を捌きながら修正加筆・翻訳を行い、10日(金)の午前4時までに2日目までを完了。この間に電子版コンブックのミスが発覚するも、コンブック総括の千葉いちばさんとWeb総括のえかはすさんのファインプレイにより解消(お二方には頭が上がらない)。Noiseスタジオのファストパスを取得。1時間半で荷造り・シャワー・食事をして出発。新幹線で豊橋に向かい、12時前にはロワジールホテル豊橋に到着。13時にスタッフ号令に参加。


まだ投稿していなかった企画の告知依頼、開催当日のソーシャルメディア投稿(3日目、開催後)の内容チェック、その他追加の告知依頼をスタッフ控室でこなす。そのうちにトーク&スナック&カフェインと開会式が終了していたが、スタッフ控室に回収されてくる菓子類が例年より少なかった。より多くの菓子類がちゃんと参加者に回ったということなので、よいことである。
はたらくケモナー交流会に参加。前回より参加者数が増え、2グループになった。プロフィール(職業・職種・勤務先)と、現在悩んでいる問題について各人が語り合った。梨味さんが介護に関する本を書いていると聞いて、個人的にメモ。
コンベンションとはいわば同好会の一種であり、コミュニケーションが主体である(趣味を通じて知り合った同士は、より多様なつながりを求める)。人と人とのつながりあいには、時としてコンテンツを介在させなくてもよい。その際たる例として、ゲントウくんががんばっている恒例企画である。
Noiseさんと共にSEAfur Panelに参加。東南アジア圏のファーリーたち(Gaoさんなど)が、それぞれの国の地理、主要な観光地、食べ物、現地のファーリーコミュニティーについて紹介した。ミャンマー、ラオス、カンボジアについても言及していた。東南アジア圏のファーリーの連帯を感じさせるよいパネルだった。
獣語授業に参加。終始テンションが高く、円滑なコミュニケーションのためならフェチを語り合えと言わんばかりの構成はさすがキープさんだなと思った(授業には竜朗さん、ルーさんも登壇した)。この企画の本質は、その3名の人望を活かし、多くの海外ファーリーと国内ファーリーを同じ箱の中に囲い込み、相互のコミュニケーションを支援したところにあると感じた。
スタッフ控室に戻り、開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックを進める。他班のスタッフといっしょにステーキガストで食事を摂る。自室で開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックを完了して、26時に就寝。

いまだに頭髪・ゴーグル・翼がないものの、何だかんだ愛着がある。

2日目

6時起床。シャワーを済ませ朝食を摂り、9時のスタッフ朝礼に参加。
着ぐるみクリエイターコンテスト2020に途中から参加。レッドカーペットが敷かれたランウェイで、個性豊かなファースーツがその魅力を放っていた。出場者は壇に上がったり下がったりする必要があり、必然的に動きやすさも問われる会場設計となっていた(※もし私が着ぐるみクリエイターコンテストに参加するなら、スタジオ撮影にしか適さない着ぐるみを作りたいと考えており、勝手に頭を悩ませている)。


ホールロビーのホワイトボードに張り出されていたホテルからのお願いを翻訳し、訳文をすべてホワイトボードに手書きで記入(※これは事前に用意できない事情がある)。
着ぐるみクリエイターコンテストが押したため、次のGoH Talk Showの準備を補助。休む間もなく着ぐるみパレードの下見(12時~)に参加。昨年よりも通路が狭くなったドン・キホーテと、開店したZENTを実地で把握。
GoH Talk Showに参加。今回はゲストオブオナーのアンクル・カゲ(Uncle Kage)と通訳のサーシャさんの言語能力によってかろうじて企画の体が保たれた、危うい内容だった。聞き手のクリスケさんの持ち味である連想力が、あらかじめ用意はしていたものの想像以上にアンクル・カゲの「話すべきではない」壁が堅かったことと、聞き手側の通訳が(申し訳ないが)技量不足だったことが重なって、やりづらそうな印象だった。内容としては、アンスロコン(Anthrocon)が街ぐるみのコンベンションになっていることに対して、「それは私の功績ではない」・「ピッツバーグ市民がやったことだ」と発言したことがもっとも印象に残っている。
着ぐるみパレードの警備(誘導員)ボランティアとして、自分の持ち場に移動。ZENTの入り口前の細い通路が持ち場で、行進する着ぐるみを撮影しようと参加者が通路に列を作ると、他の一般客の通行を妨げることに気が付いたため、適宜着ぐるみにどちら側に寄ってもらうか話しかけたり、パレードを止めて一般客の通行を促したりした。

あぐちゃきた 襲われているのはまんぐくん(許可は取った)

自室に戻り、ユスタヴァ(着ぐるみ)を45分ほどかけて召喚。久し振りの召喚で、構造的に視界不良なユスタヴァの視界と身体マッピングで、壁やポールにぶつかりながらなんとかNoiseスタジオまでたどり着き、小物として用意していたドラゴンブースト(空き缶、洗浄済み)を使いながら数カット撮影。ヘッドレスルームで休息を取り、スタッフ控室に移動。アンクル・カゲと昔、アンスロコンがさんまのまんまの取材を受けたことについて話をして、アンクル・カゲが酒☆フェスに出向いたあともしばらく滞在。
自室に戻り、ユスタヴァの召喚を解除。ここで、自分が召喚の際にベルトや首輪の一切を忘れていたことに気が付く。ユスタヴァの身体をいたわって「boop」してから、スタッフ控室に戻る。
Uncle Kage's Story Hour in JMoF 2020に参加。始めは非英語話者に配慮して、ゆっくりと、はっきりと発話しながら、定番のネタ(ご両親の金婚式をユーロファレンス(Eurofurence)で祝った話、消防士の話など)を披露した。英語話者にとってはおそらくどこかで聞いた話だったかもしれないが、アンクル・カゲの緩急をつけた迫真の語り口に笑いが絶えなかった。終盤に差し掛かると元来のまくしたてる口調があらわれ、非英語圏の英語話者のために私が「raconteur」をより平易な「storyteller」に置換したことを少し恥じた。
Trip Fur GARDENにほんの少しだけ参加。前日のMAYHEMでは電気系統のトラブルがあって出力が抑えられたが、本日は本領を発揮し、心臓を撃ち震わせるほどの音響空間となっていた。

そらみくんかっこよかった

ホテルフロントで宿泊費を支払ってから自室に戻り、アンケートの作成に着手。Zuilangさんの汐崎での晩飯ツイートに触発されて、汐崎に移動。つばきさんとまずるさんにばったりお会いして、同じ席に入れてもらってバターラーメン(大盛り)を食べる。自室に戻り、アンケートの作成が間に合わないことを悟りながら、26時に就寝。

3日目

7時起床。朝食を摂ってシャワーを済ませ、9時のスタッフ朝礼に参加。アンケートの作成が間に合わないことをさとみさんに伝える。

いくらでもサラダとフルーツポンチが食べられる至福のひととき

クリスケさんといっしょにおしぼん!~お前の推し本を語り尽くせ~に参加。会全体の内容次第では紹介を控えることを考えていたが、主催のばけもさんのさまざまなジャンルを紹介したいとの意向により、論考ジャンルの本が私の本だけだったため、壇上に立つ。マット・カートミル著、内田亮子訳『人はなぜ殺すか――狩猟仮説と動物観の文明史』(1995)新曜社を紹介した。個人的には、『アーネストとセレスティーヌ』が原作とアニメでまったく違うことを知ったことが一番の収穫だった。
ディーラーズルームとアーティストラウンジを行き来して様子を見つつ、控室で他スタッフと会話を挟んでから、ケモノ・ドローイング・ワークショップに参加。前回同様、参席者の質問に答えるかたちで進行。『竜は黄昏の夢を見る』のキヤも登場し、動物変身もの(TF)に対する往年の想いを語りながら、姫川明輝先生の即興イラストレーションに見入っていた。
ディーラーズルームを再度訪問し、各ブースを渡り歩く。梨味さんの『同人介護の梨味さん』、ミライフラクトの1stシングル『三月/トワイライト・メモリー』、Ben-Benさんの『Beauties And Beasts』、稲尾さんの複製原画(朝顔)と型抜きカード(ウンピョウ)、姫川明輝先生の『ルウ・ガル』、月餅さんのTシャツ(寿司)などを購入。Ben-Benさんのブースには売り子(兼日本語通訳)としてKrhainosさんがいらっしゃり、1年ぶりの再会に少し言葉を交わした。余談だが、Krhainosさんの作っているステッカーに、私がJMoF 2019のアーティストラウンジで描いたKrhainosさん(だと思う、手元に資料がなく記憶もおぼろげ(2回描いたことは確か)で自信がない)があったのだが、それがアンクル・カゲの白衣についていたのを見て、ちょっと驚いた。

アーティストラウンジに移動して、VRラウンジに足を踏み入れる。おしぼん!と同様にエポックメイキングな企画だと勝手に思っていて、今回はふしぎの国のエナジー~Energy in Wonderland~より優先した。本格的なVR環境、VR JMoFにはリアルJMoF会場を映すライブストリーミングが、リアルJMoF会場にはVR JMoFを映すライブストリーミングが用意されており、参加・非参加、国内・海外、そしてリアル・VRの境を越えての交流が行われていた。私もVR体験に参加し、ちまっこい犬のアバターを選んでVR JMoFの地に足を踏み入れたが、(生)温かいVRChat民に手取り足取りいざなわれ、犬になった自分をまじまじと見つめたり、VRの環境構築や市場について解説を受けたりした。すさまじい企画だったが、ゲントウくんをはじめ、現場スタッフがVRラウンジにつきっきりだったことが気の毒に思っている(同じことはステージ班スタッフにも言える)。

めっちゃかっこいい

自室に戻り、痔を再発。
閉会式に遅刻し、他班のリーダーが全員登壇している中、舞台袖で閉会式に参加。JMoF 2021が4日間開催であることが告知されると、ホリデイホールDもホールロビーもわっと歓声が沸いた。舞台袖のスタッフは有給休暇をどうしよう……と物思いにふけっていた。
デッドドッグパーティーの前、アーティストラウンジ控室に荷物が残っていたため、ステージ機材の撤収を手伝っていたかみゅさんを連れて荷物を回収。ステージ機材の撤収先について伝達ミスがあることに気付き、ステージ担当者のころねんさんと機材総括の疑惑さん、ホテル担当者のZuilangさん、列整備総括のD.R.Cさんに伝達。列整備と機材の移動を両立できるよう連携してもらい、無事に完了。私の担当は広報だが、時としてこのような行動をする場合もあるということで、ここに書き置く。
デッドドッグパーティーは、私にとってどうしても過酷な時間なので、たくさんケーキを食べた。途中、アンクル・カゲがJMoF会場を後にする際、見送りに外まで同行した。握手を交わしていただいた。
デッドドッグパーティー後、スタッフ控室とホールロビーのホワイトボードを清掃して、自室に戻る。軽く荷物整理をして、最後までアンケートの作成に手を付けようか迷いながら、一思いに25時就寝。

4日目

7時起床。朝食を摂ってシャワーを済ませ、9時のスタッフ朝礼に参加。アンケートの作成が間に合わないことをスタッフ全員に伝える(陳謝した)。自室に戻り、荷造りをして戻ってくると、搬出作業はすでにほぼ運搬車待ちの状態になっていた。11時ごろにシャトルバスに乗り込んで豊橋駅に向かい、開明軒で黒毛和牛のデミグラスオムライスを食す。13時ごろに新幹線に乗り、帰路に就く。


このエントリーを書いて今にいたる。25時就寝予定。

謝辞

JMoF 2020をもって、私はJMoF実行委員会の広報スタッフ歴が6年以上(2014年~現在)となり、よって小学校を卒業できるほどの時間が経過した。前々リーダーのハムさん、前リーダーのじそさん、そして前代表であり私を引き入れてくださったクリスケさんには、本当にお世話になった。また、ここには書き切れないくらい、多くのスタッフやボランティア、参加者にお支えいただき、くじけそうになった心を奮い立たせてくれたことに感謝したい。今回は節目として記録に残すべきと考え、久し振りにブログを更新する。

2016年12月31日土曜日

2016年を振り返る

退職と再就職

JMoF 2016が終わってから3ヶ月も経たない内に、前職を辞めました。
前職は従業員が10人未満のこぢんまりとしたLSP(ランゲージサービスプロバイダー)の会社でしたが、皆さんがよく耳にするような大企業とのパイプを長年持っていました。私はそこで、主にDTPオペレーターとして取り引き先の担当者から(喜ばしいことに)信頼を得ていました。
ですが、零細企業とはいわば荒波に繰り出している小舟のような存在であり、それ故に船員は全クルーとウェットな信頼関係を築かなければなりません。私の場合、経営者とのミスコミュニケーションが積み重なってしまいました。
人それぞれに得意・不得意があり、自分の常識は他人の常識ではありません。少なくとも、私は脅されて強くなる人ではなかったようです。最後には、なかば感情的になって退職しました。

再就職手当をもらうようになってから、就職活動を始めました。とは言っても、はじめの内は活動実績をつけるために、ハローワークの担当者と週に1回面談することを機械的に続けていただけでしたけれども。
求人に応募することをはじめても、企業研究にはまったく関心を持てなかったので、面談の機会をいただいてからその企業のホームページなどを確認していました。「御社の求人票を拝見しましたが、それだけでは分からないことがたくさんあります。今回、こうした機会を設けていただきましたので、御社についてより詳しい話をお聞きしたいと思います」と、面接の場で企業分析をしていました。

前職では大人しくし過ぎたという反省もあり、強気の姿勢を貫いた結果、応募した会社の4割程度から内定ないし採用のお知らせをいただきました。そして、そうした会社に「逆お祈りメール」を書いて送る経験もしました。ただ、いつまで経っても決断しないことは身内を不安にさせるため、年内での決着をはかり、再就職しました。
どれだけ冷静になろうとも、どれだけ強気になろうとも、完璧な選択は難しいものです。最終的に選択した道の価値は、今のところまだ見えていません。ですが、今得ているチャンスでは、多少の反抗心をもって挑もうと考えています。

ゲーム三昧

退職後、まず取り組んだことがPCゲーム環境の構築でした。以前から、Steamで販売されているPCゲームに興味があったのですが、要求スペックを満たしていないという問題がありました。友人に依頼して組んでもらったニューマシンは、「一般的なFPSゲームが十分に動作する」環境なのだそうで。私は味を占めたようにさまざまなPCゲームをプレイしました。

特にパズルアドベンチャーものが好きで、『タロスの原理(The Talos Principle)』はDLC『ゲヘナへの道(Road To Gehenna)』やユーザー作成マップも含めてやり込みました。

『タロスの原理』のユーザー作成マップ

スマートフォンでプレイした『ミスト(Myst)』シリーズの精神的後継作『オブダクション(Obduction)』を、オンタイムでプレイできたことを感慨深く感じています。

『オブダクション』のフンラース(Hunrath)
他にも、『カタイフ:クンチーの実験(Catyph: The Kunci Experiment)』、『言葉の力において(In Verbis Vertus)』、『ジュリア:星々にまどろんで(J.U.L.I.A: Among the Stars)』、『命なき惑星(Lifeless Planet)』、『パパとぼく(Papo y Yo)』、『気付き(The Witness)』……最近のものでは『クウァーン:不滅の思想(Quern - Undying Thoughts)』などなど、紹介したいPCゲームがたくさんあるのですが、このくらいにしておきます。
とにかく、ゲーム三昧の日々を送っていたということです。

JMoF/Furry研究会/Philosofur

はじめに総括を書いておきますが、自由に使える時間の量が増えても、必ずしもすべてができるわけではありません。趣味に関して、私はこの大きな時間を「カラーのイラストを練習する」こと、そして「ケモノ着ぐるみを作る」ことに使うことができませんでした。その代わりにできたことが、掲題の3つです。
JMoFでは、広報スタッフとしてウェブサイトやチラシの原稿執筆/校正/翻訳チェック、Facebookページの更新を担当しています。今回私は、ウェブサイトやチラシのテキストを、日本語・英語の両方ともほぼすべてチェックしました。日本語にして約2万~3万字の量でしたが、「参加者を過度にお客様扱いしない」とか、「システマティックで読みやすい文章にする」とか、さまざまなことを考えながらやりました。
JMoFに参加する皆さんがどう感じているのか、まだ分かりません。ですが、少なくとも日本語と英語の情報ギャップの穴埋めには成功していると信じています。
Furry研究会は、私とまんぐくんがJMoF 2016でやったこと(ケモナー論文公聴会)をきっかけにはじまった試みで、狐野くんをリーダーに据えてこれまでに5回開催したイベントです。「ケモノを言葉の世界で楽しむ」をキーワードに、ケモノについて皆で考える場を提供しています。
Furry研究会の準備で一番気を遣ったことは、知識の垂れ流しにはしないようにすることです。……人によっては気持ちいいと思ってくれるかもしれませんが、小難しく考えることはいったん脇によけて、敷居が低くて間口の広いテーマや方法を採用しました。
『フィロソファー(Philosofur)』は、JMoF 2017のディーラーズルームで有償頒布する、ケモノのテクスト系(エッセイ/記録/研究)雑誌です。なぜこの本を作ったのかについて、詳しい経緯はこの本の中に書いたので割愛します。

『フィロソファー1』の表紙(イラスト:朝城緋蓮さん)
私はこの本のほぼすべての文章を校正しました。プリントアウトした原稿を手に、コーヒーショップや図書館でガリガリと校正する日々(実際には、就職活動やその他の活動もそこでしていましたが)が3ヶ月ほど続きました。「外食店で原稿を書く/校正する」という体験は、正直な話、生きているという実感を覚えるくらいには心に染み入っています。

パッと見で分かるような創作を、今年はあまりできなかったのかもしれません。ですが、こうした文筆活動も創作の1つだと思っています。その意味で、2016年は趣味面で充実していました。

旅行暦

最後に、2016年に旅した各地の写真を載せて、今年の振り返りを終えます。

ユスタヴァとライル(オーナー:KINさん)のツーショット(撮影:着ぐるみ写真館さん)
一年のはじまりはJMoFから。愛知・豊橋で行われた「JMoF 2016」に参加しました。そういえば、「JMoF 2017」までもう1週間もないですね。早いものだ!


さっぽろテレビ塔での集合写真(撮影:Mutさん)
数週間も経たない内に、北海道・札幌で行われた「ちるこん」に参加しました。オフ会の後日、龍我さんとらるくんといっしょにサッポロビール園に赴き、サッポロビールクラシックを片手にジンギスカンを食べました。これがうまかった!


「篠原の里」は、廃校になった旧校舎を再利用した宿泊施設です(撮影:豅リリョウ)
主催のこまこまさんに誘われて、神奈川・相模原で行われた「モフしっぽの会」に参加しました。


大崎八幡宮本宮(撮影:豅リリョウ)

氷狐さんを訪ねに、茨城・仙台に行きました。国宝である大崎八幡宮と、仙台城(青葉城)跡を観て回りました。大崎八幡宮は、青い彩りが印象的でした。仙台では、だるまも青いんですねえ。


ユスタヴァ(撮影:ゆうすけさん)
夏真っ盛りの8月、スタジオアッサンブラージュ東日暮里で行われたケモノ着ぐるみ撮影会「ぽた会」に参加しました。初めてのスタジオ撮影、緊張しっぱなしでした。


迎賓館赤坂離宮の裏側(撮影:豅リリョウ)
両親といっしょに東京スカイツリー(墨田区)と迎賓館赤坂離宮(港区)に行きました。迎賓館赤坂離宮は、今年の4月に一般公開が実現したタイムリーなスポットです。


上賀茂神社(賀茂別雷神社)細殿前の立砂(撮影:豅リリョウ)
愛鋼熊さんや雪降らないかなさんをはじめとした京都・大阪の友人を訪ねに、秋ごろに関西を旅行しました。京都ではいろいろな場所に行きましたが、トピックは上賀茂神社、次点で都路里ですね。
大阪では、国立民族学博物館などに行きました。


オーシャンスタジアムでジャンプをするシャチ(撮影:豅リリョウ)
小学生の頃からの友人といっしょに、車で千葉・鴨川にある鴨川シーワールドに行きました。やっと会うことができた!


2016年は……確かに自分の部屋にこもっている時間が長かったと思います。ですが、何も得られなかったわけでもないようです。少なくとも、浪人時代の私よりかは生き生きした一年でした。
来年の2017年は、この一休止で得たエネルギーをばねにして、できることをできる限りやっていきたいなあと思います。皆さん、よいお年を。

2016年5月7日土曜日

『ズートピア』を観る前/観た後に思ったこと

ケモノ好きの友人や知人が続々と「ズートピアはいいぞ」発言をするたびに、私は一種の強迫観念を強めていきました。あのディズニーが、ここに来て擬人化動物活劇に真正面から取り組んだというちょっとした衝撃。普段は映画をほとんど嗜んでいないとはいえ、JMoF2016での発表やFurry研究会(次回は2016年5月21日開催)を通じて、「ケモノを大真面目に語ってみよう」と呼びかけ始めた私として、さすがにこの作品は観ておかないといけないんじゃあないか?自分の意見を持っておかないと、場合によっては示しがつかないんじゃあないか?――そんな強迫観念が、私を数年ぶりに映画館へと駆り立てました。正直な話、観る直前は少し肩がこわばっていました(苦笑)。

たいへんスマートな作品でした。そんなに緊張する必要もなかったですね。その場その場の軽快かつ密度の濃いキャラクター描写は、さすがディズニーだと驚嘆しました。2時間の上映時間があっという間で、ファンの間で「ジュディとニックの後日譚を観てみたい」などの欲求が湧いてくるのもうなずけます。はい、「ズートピアはいいぞ」……と言う前に、上記のとおり自分の意見の用意のため(私って小心者だなあと思いました)、この映画を観て思った個人的な感想を以下にまとめました。一部にネタバレを含みますので、できれば映画鑑賞後にお読みいただければと思います。

「ズートピアはいいぞ」と言わざるを得ない事情


『ズートピア』には無駄なカットがいっさいないと言っても過言ではないと考えています。注目すべき発言や注目すべきアイテムは、それぞれいいタイミングで導入されて劇中で繰り返し使用されるため、考える隙を与えません。「ズートピア」に映し出されるさまざまなカットが、全体的に知恵の輪のようにガッチリと組み合わさっているのです。

探偵もの/バディものの物語として必要なステップ(相互理解、離合集散など)が揃っていて、しかも必要最小限のステップ数に留めています。特に、ジュディがニックをニンジンペンの録音機能で捜査に協力するようハメるシーンから、「野性」化したマンチャスとジュディの存在を快く思わないボゴ署長から逃げおおせた2人がロープウェーで心を通わせるシーンまで、1日も経っていないにも関わらずニックはジュディに自身のトラウマを打ち明けていました。

エッセンシャルな要素だけを抽出して段取り良く描写していくさまは、いわば完成度の高い小論文といったところでしょうか。こうした無駄のなさは、抽出のしにくさの裏返しともいえます。全体的な完成度が高いほど、ネタバレをせずに作品を紹介することが難しくなり、結果「ズートピアはいいぞ」という決まり文句に帰結するのではと感じました。「いいぞ」という表現に対して閉嘴して(黙って)でも「いいぞ」と言いたいのは、オフでその楽しいエクスペリエンスを仲間とともに分かち合いたいという純粋な心の表れだと勝手に解釈しています。

ちなみに、「「ズートピアはいいぞ」と言わしめているファクターは、完成度の高さ」というのは、観る前に私が予測していたものです。

『ズートピア』は社会諷刺映画なのか?


多くの人が『ズートピア』に高評価を与えています。特に、「単なる冒険活劇に留まらず、現代社会にはびこる「ナチュラルな差別」に肉薄した傑作だ」という論説が目立っているように思います。だからこそ私は観る前に緊張していました。単なる映画ではないのなら、身を引き締めて刮目しなければならないと……。

単なる強迫観念だったと今は思います。上記のとおり、無駄がないので話がすっと頭の中に入り、ジュディとニックがテンポよく面白おかしく物語を進行していきましたから、観終わった後は濃密なエンターテインメントに浸った充足感でいっぱいになっていました。

もちろん、身の回りにあるのに気づかない差別や偏見はキーワードの1つではあると思いますが、『ズートピア』の物語の主軸はあくまでジュディとニックの成長物語にあります。もし、私と同じような観念を持っていたら、ディズニーはエンターテインメントを裏切っていない、探偵もの/バディものとして完成度の高い映画なので、そこまで心配する必要はないですよとお伝えしたいです。

ある意味、昨今大ヒットを記録している『Undertale』と似たようなものがあるのかもしれません。

擬人化動物の自由度レベルについて


どのキャラクターにどの種の動物を当てはめるかは、言わずもがな重要だとわかるでしょう。動物種それぞれに対して社会通俗的なイメージが少なからずあり、このイメージをうまくハンドリングすることによってキャラクターをさらに特徴づけることができます。

詐欺師のニックにはキツネを、ズートピア市長にはライオンを、警官には勇ましく大きな動物種を、陸運局(DMV)の係員にはナマケモノを(DMVの事務手続きの遅さの諷刺)……などなど、それぞれの役どころにぴったりなイメージを持った動物種を当てはめていった感じがします。

私は映画を観る前、こうしたセオリー通りの配役を知って、ほんの少しだけ落胆していました。差別や偏見といった既成概念について物語を作るなら、なぜその動物のイメージを超えた配役にできなかったのか?人格の諷刺のための擬人化の域を出ておらず、動物に関する既成概念の力をただ借りたキャラクターなのか?私はディズニーに対して、ディズニーの擬人化動物の自由度レベルにはまだ限界がある、と思っていました。

映画を観た後にその考えを改めました。ズートピアがバディの成長物語のために用意された世界だと解釈すれば、肉食動物バーサス草食動物という誰もが知っている二分律だけで事件のバックグラウンドを構成できます。副次的なテーマは確かにこれですが、あくまで主軸はジュディとニックにあるので、わかりやすさ重視で選んだものと感じました。

さらに言えば、特にガゼルとニックはズートピアにおいて超次元的な存在です。音楽に関わる人はなぜ社会に先立って開放的な考え方を持っているのでしょうか?ガゼルはインタビューで「多様性(diversity)」という単語を口にしますが、おそらく哲学的な意味ではなく、純粋な彼女の立場表明であったように思いました。ニックはさらに進んで、もはやキツネである必要がないくらいの境地に立っているようでした。幼い頃のトラウマとジュディとの関係だけが、彼をキツネたらしめていると感じました。

何を言いたいのかまとめると、ディズニーの擬人化動物の自由度レベルは想像以上に高かったです。トラディショナル(伝統的)な擬人化動物も、コンテンポラリー(共時的)な擬人化動物も、ディズニーは高い品質で描出できます。

ジュディの記者会見の衝撃


私が最も印象に残ったシーンはジュディの記者会見です。ジュディが掴んでいる「事実」に基づき、肉食動物には元来凶暴性が備わっていると発言してしまい、絶望したニックが彼女の許を去るという場面ですね。ジュディの成長ステップとして、バディの成立過程として、探偵もの/バディものの物語のプロットとして、「ナチュラルな差別」を加味しつつありありと描いていました。

特に市長の逮捕は、「ライオンの地位を落とした」という意味で上記の擬人化動物の自由度レベルの高さを示しています。原案はライオンでなくてもよかったが、あえてライオンを起用したのではないか?と勘ぐってしまうくらい、私は感動していました。

『ズートピア』は、今まで再三述べてきたように(哲学的な)多様性や「ナチュラルな差別」を語ることを主軸に置いているわけではなく、それらに対する教訓を交えつつ私たちを楽しませてくれる探偵もの/バディもののエンターテインメントだと思います。ただ、「ナチュラルな差別」に対する敏感度は人によって異なるので、気が付いていたり気にしていたりする人にとってはその面が大きく目に映るはずです。それ故に、「単なる冒険活劇に留まらず、現代社会にはびこる「ナチュラルな差別」に肉薄した傑作だ」という論説が多くなされているのだと考えています。

敏感度の共有は難しいですが、このシーンはそうした「ナチュラルな差別」を端的にわかりやすく描いているので、気づくための最初のとっかかりとして多くの人に注目していただきたいと思います。

テンポの良さに隠された素朴な疑問


「「ズートピアはいいぞ」と言わざるを得ない事情」で、『ズートピア』の完成度の高さについて指摘しました。こうした無駄のない構成は、逆にいえば多くの無駄――やんわりと言えば多くのトリビアを排しているとも言えます。

たとえば、熱帯雨林地区(レインフォレスト)や氷雪地区(ツンドラ・タウン)などでの暮らしぶりは、ジュディが上京(上ズートピア?)するオープニングシーンに一瞬映るだけで、映画鑑賞中にそうした住民の生活感を肌で感じることはできていません。

新米警官のジュディを目の敵にしていたボゴ署長の改心もわかりにくいです。ボゴ署長がガゼルのアプリで遊んでいるシーン、彼に対して圧力をかけてきたレオドア・ライオンハート市長の辞職、ジュディが約束通り失踪した住民を発見、以上3点がきっかけで彼女に対する目線が変わったのだろうとは思いますが、改心そのものの描写はなかったです。

個人的に一番の謎は、ズートピアっ子(なんて呼べばいいのでしょう……?)を「野性」化させる「夜の遠吠え」の存在です。バニーバロウの農園で、「夜の遠吠え」は虫除けとして使用できることと、肉食・草食の区別なく食べた者は凶暴化することが判明しましたが、その危険性がなぜズートピアっ子に認知されていなかったのかが疑問です。もちろん、「野性」化のメカニズムも気になるところではありますが。

極論を言えば、ズートピアはジュディとニックそれぞれの成長と、バディの成立過程のストーリーテリングのためだけに用意された世界のようだとも感じました。

「Zootopia」を「ズートピア」としたこと


映画のタイトルが街の名前である「Zootopia」であるからして、多くの人はおそらく「街のあり方を問う物語」だと想像するのではと思います。そのテーマも確かに含まれていましたが、実際には主軸はあくまでジュディとニックの2人にあると感じました。

ですから、ある意味日本でタイトルが変更されなかったことが不思議です。『ジュディと詐欺師』になっていてもおかしくなかったのでは……(笑)

上記のとおり「ナチュラルな差別」について端的に描いているので、原題からしてズレているとは思っていません。ただ、ストーリーラインを完璧にするあまり、描かれなかった「知りたかった無駄(トリビア)」が多く残ってしまったことが、タイトルに鑑みて物足りなさを感じます。

映画館で私のすぐ後ろに座っていた2人組の女性が鑑賞後、「すごく良かったんだけど、とても惜しいよね」と話していましたが、私もそういう意味では賛同します。

最後に、いままで述べてきたことを短くまとめます。
  • 『ズートピア』はスマートな探偵もの/バディものエンターテインメント作品
  • ディズニーの擬人化動物はもう過去のものではない(特に「ジュディの記者会見」は必見)
  • 『ズートピア』だけではズートピアのことがわからない

2016年1月12日火曜日

JMoF2016を振り返る

JMoF2016~未知との遭遇~に、スタッフとして参加しました。スタッフとしては2回目、JMoFには3回目の参加でした。その回ごとにたいせつな思い出がありますが、今回は手記を残しておこうと思い、ざっと文章で振り返ってみました。

【2015年9月~前々日】

SNS(Facebook、Google+、Tumblr)担当として、公式ウェブサイトなどで発表された情報を海外向けに再構成して投稿していました。投稿した記事は約4ヶ月間で30+本程度ですが、3種類のSNSを同時に更新したので実質100+本の記事を私の手で投稿したことになります。

Twitterと異なり文字数の制限がほぼないに等しいため、可能な限り内容の具体化やキャッチーな表現を取り入れることに力を注ぎました。その甲斐あってかどうかはわかりませんが、特にFacebookでは160+いいね!を達成(2016年1月上旬時点)するなど、想像以上の広告効果があったように思います。

いっぽう、Google+とTumblrでは思った以上の広告効果はなかったように見受けられました。また、担当が別になっていたTwitterとの連携も難があり、作業合理化の必要性を感じています。

当初の目標だった「海外からの参加者を30+人にする」は事前参加登録の段階で達成しました。SNSの効果というよりは、前年参加者の口コミやスタッフの海外遠征が実を結んだ結果だと考えています。

【前日】

ユスタヴァは結局2015年中に完成しませんでした。毎朝出勤する前に彼の目の前で何度も口約束をしましたが、破ってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。今年こそは計画立ててユスタヴァの完成に取り組みます。

ユスタヴァは設定上被毛竜ではないのですが、いまの手持ちの素材で完成を目指します。ヘッドと手のリメイクと翼の制作が残っています。いつまでもハゲのままにはしません!

豊橋への移動は前年同様、新幹線のグリーン車の進行方向一番後ろの席に座りました。おそらく普通席でも問題ないと思いますが、どうしてもユスタヴァのことが気にかかってしまい、いまだに試していません。

チェックインを済ませて部屋に着いた後、荷物整理をして眠りにつきました。

【1日目】

JMoFプランの朝食(ホールD)は2日目からで、この日は1Fにあるレストランで朝食を取りました。午前中は公募企画「ケモナー論文公聴会」の発表内容を再確認し、どのようなスライドを作れば効果的なプレゼンができるか考えていました。

お昼過ぎにはさっそく現地に到着していたスタッフの招集がかかり、搬入の手伝いや会場の設営を手伝っていました。空き時間には、当日のタスクとなっていた英語版Twitterの更新のため、和文英訳に勤しんでいました。

開会後、さっそく私はさとみさんとNoiseさんが司会の「道徳の時間」に参加しました。ケモノ界隈の諸問題について、face to faceで議論を試みる企画でした。

1. 誹謗・中傷をしない
2. 他人の意見を否定しない
3. 自分のことは棚に上げる(!)

上記のルールのもと、「ケモノと性のイメージが一般に広まったとき、ケモノ界隈はどういう影響を被るか?」と「ケモノ界隈が今後も存続していくために何ができるか?」について、参席者が自分の意見を述べ合いました。

前者:この問題について普通に話し合えば、おそらくネガティブな意見しかでないと思います。キュレーターのNoiseさんの助言もあり、私は敢えてポジティブな立場で考えて意見を述べさせてもらいました。「欧米でFurryが世の中に認知されるきっかけを作ったのはケモノ=性のイメージだったので、日本でもそれを推し進めれば認知度が高まる」という、かなり乱暴な意見です(自分でも思います)。欧米ではその後、今回の「道徳の時間」のような取り組みがたくさん行なわれるようになり、いまではほとんどのメディアがFurryのポジティブな面を取り上げるようになりました。

後者:最後の最後で持論を述べさせてもらいました。「ケモノ界隈外との接点をもっと作り出し、社会にコミットしていくことで自分たちの文化を守る」という持論です。自助努力ですべてがよい状態になるのが理想ですが、実際には難しいです。問題はかならず発生し、その対処や責任を果たす瞬間がかならず訪れます。このとき、自助努力にプラスして外部の信頼があればいいなあと思っています。たとえば今回のチャリティーはもちろん動植物やその事業に携わる人々の支援のためですが、私たちが社会をよりよくするポジティブな団体であることを内外に印象付ける機能も少なからずあります。人によっては汚い話だなあと感じるかもしれませんが、社会に参画することで社会的地位を維持することは存続にかなり重要です。

こうした対面での議論は、匿名空間での議論と機能が異なると考えています。対面の議論でできることのほとんどは匿名空間の議論でも実現可能ではありますが、項目ごとに難易度が違う……という意味です。今後もこうした時間を通じて、自分たちのことを客観的に見つめ直し、何ができるのかを考える取り組みをしていければなあと思いました。

【2日目】

午前中、ユスタヴァを召喚しました。ガルテラ(※)といっしょにホールロビーをまわり、1~数年ぶりの再開(2匹ともレアキャラになってしまいました……)を噛み締めていました。
※らるさんのキャラクター

午後はほぼスタッフ仕事に徹しました。特に今回のサタデーナイトフィーバーは業者がやったのかと思うくらいにスケールが大きく、その準備にたいへんな時間を要しました。すからさん・龍我さんやNoiseさん、七輝さんやレオナさん、DJのつばきさんやぶいさん、ホテルの担当者の方々、その他手伝ったすべての人の血と涙の結晶……とまでいうと少し言いすぎかもしれませんが、とにかくたいへんだった分すばらしいクラブステージができあがりました。

撤収・翌日の用意にも時間がかかってしまい、日を跨ぐ作業となってしまいました。その合間を縫って、翌日に控えた「ケモナー論文公聴会」用のスライドも作成していました。この日の午後を境に、私は裏手側にほぼ徹することになりました。

【3日目】

朝のTwitter更新(この日は日本語も担当)を終えた後にNoise Studioにかけこみましたが、人(獣)が混んでいて時間がかかり、公募企画の開始時刻に間に合わなくなりそうになったので、撮影を断念しました。ファストパスを得ていれば対処のできたことだっただけに、今回いちばん悔やんでいます。

その代わり、台湾の刃(龍龍さん)のお目に留まり、ものすごいテンションで名刺を交換したことが今回(企画以外で)いちばん印象に残っています。どらぐさんのシスにも挨拶ができたので、この日の交流はとてもよかったです。

さて、肝心の「ケモナー論文公聴会」ですが、想像以上の手ごたえを感じています。ステージショーに時間がかぶっているにもかかわらず、用意した15脚が足りなくなって立ち見ができてしまうほどの入りでした。まんぐくんが近現代(とりわけ現代)の動物と愛について全般的に語り、私が古代~近世におけるヨーロッパの動物観の変遷について語りました。最後には拍手喝采が起き、逆にこちらが感動していました。

まんぐくんの発表内容は、現代の愛の複雑性に丹念に迫るような内容でした。広く浅く、世の中の動きがわかるような解説をはさみながら、まんぐくんは解説をしていました。ひじょうに興味深く聞かせてもらいました。

私の話した内容は、「古代~中世の動物の擬人化と、近世~現代の動物の擬人化の違い」のとっかかりを得られるよう、「愛」という概念をあえて使ってヨーロッパ史を紐解き、説明しました。「人間中心主義」の説明がたどたどしくなってしまったことが心残りですが、言いたいことは伝わったかなあと勝手に思っています。

その後、しばらくつばきさんやユックさん、こまこまさんやルカさんと話をしていました。前述のとおり手ごたえを感じているので、こうした活動を何かしらの形で今後も継続していきたいと考えています。今回はまんぐくんと私が発表しましたが、次回があればぜひ他の方にも発表していただけないかなあと考えています。逆に参加者の方々からは、小学校の自由研究(個人研究をしたものを紙にまとめて掲示する)や高校の部活動の部誌(個人研究をしたものを小冊子にまとめて刊行する)のような活動もできれば面白いのではという意見もいただきました。

デッドドッグパーティー中は、ステージとNoise Studioの撤収作業を手伝っていました。結局時間内に終えることができず、NoiseさんとHilockさん、OTKさんで裏でさびしくソフトドリンクで乾杯していました。来年はぜったいにぱーてぃーぴーぽーになるぞ……(涙)

【4日目】

バレットタイム撮影のブース解体作業を手伝った後、ホテルの担当者にスタッフ総出でお礼と挨拶をしました。シャトルバスに乗り、豊橋から新幹線。あっという間に東京に戻ってきました。

【5日目~】

JMoF2016は閉会しましたが、私にはまだやることが残っています。次回、JMoF2017~豊橋サスペンス劇場~をよりよくするためのフィードバックですね。これが終われば、私の中のJMoF2016は本当の意味で閉会します。

もちろん他にもやるべきことがあります。2016年の(私生活での)目標を達成することです。
①完全なユスタヴァを誕生日(9月25日)までに召喚する
②来年のJMoFで行なう、ケモノ×学問の活動を立案・実行する
③旅行(イベント参加オンリーではない)を2回する
絵を描いたり曲を作ったりしたい気持ちはやまやまありますが、今年は目標をしぼろうと思います。

2016年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

2014年1月26日日曜日

ユスタヴァ、仮完成までを振り返って

ご無沙汰しております。前回のエントリーから約半年が経ってしまいました。この間、派遣業務に従事したり、納品日前の連日の残業・休出を経験したりと、プライベートな時間を創出することがままなりませんでした。ですが、なんとか作り出せた時間を適宜作業にあてて、着ぐるみ版ユスタヴァの制作に力を入れてきました。そして2014年1月11日、遂にユスタヴァが仮完成し、愛知は豊川で行われたJMoF 2014でデビューを果たしました。

JMoF 2014 - 2014年1月11日、あっきーさん撮影

同上 - セコさん撮影、同上

同上 - アキラさん撮影、同上

同上 - りゅーかくさんさん撮影、同上

同上 - 九尾熊さん撮影、同上
なぜ「仮完成」かというと、ヘッドや首回りなどのパーツが未完成だからです。イベント当日の朝まで徹夜で作業をしていたのですが、工夫をすればなんとか人前に出せるレベルにまで持ち上げるのがやっとでした。それにもかかわらず、当日は多くの方々が写真を撮ってくださったり、グリーティングに応じてくださったりと、恵まれたデビューを飾ることができたと感じております。この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。

今回はこの仮ユスタヴァの制作風景を、写真で一気に振り返ってみます。

【胴体】

オカダヤよりえんじ色のボア、中野メリヤスよりフォックスのフェイクファー(ダークグレー)を取り寄せました。

 

【蛇腹】




【手】


 【足】


  

 

【腕ベルト・脚ベルト】
 

 

【頭】

 


説明書きは……どうしましょう、いずれは着ぐるみ制作期を書いてみたいですね。それにしても、この一年(2013年)は本当に長く感じられました。ときに堪え忍び、ときに攻め入ってを繰り返しつつ、仕事・生活両面の質の底上げに尽力するなかで、なんとかここまでユスタヴァを作ってこられました。やればできる! 改めて実感しました。


2013年8月25日日曜日

近況

社会人一年目、駆け出しは誰しもが忙しくて当然です。イラストを描く余裕もなければ、『学問竜』を更新する余裕もなく、四ヶ月が経過しました。ただ、段々とわかってきたことは、時間の使い方がまだヘタクソだ、ということです。休日まですべてを分刻みでスケジュール管理するのが大人、という意味ではありませんが、仕事にエネルギーを割き過ぎてしまっている現状、徐々に改善していきたい次第です。

仕事の方はといいますと、5月中旬に正社員登用が決まり、現在は業務環境の整備と業務内容に関する勉強を継続しております。9月からは派遣が決定し、なかなか落ち着かない日々を過ごしております。オフでは一ヶ月に一度の頻度で主にアマチュア着ぐるみ屋の元へ行っていたほか、ビジネス交流会や飲み会などで社会人としてのつながりも徐々に延ばしていっているところです。

さて、現在2つのプロジェクトが進行中です。

■Google+の日本版Furryコミュニティ『ふぁじゃぱ』の運営
wassrのサービス終了後、主にSecondLife系のケモノ好きはGoogle+に流れました。ボクは当時、Google+をほとんど利用しておりませんでしたが、Google+にコミュニティ機能が追加されたとき真っ先に「Google+にケモノコミュニティを創設したい」と考えました。コミュニティを作ることで交流の機会を増やし、色んな情報をやり取りしたい!……そうした個人の感情も、『ふぁじゃぱ』設立に寄与しているということは否定できません。
お蔭様で『ふぁじゃぱ』は現在約50名のメンバーを獲得し、そのうち約9分の1のメンバーが中核として適宜情報交信をする場となっております。たいへん喜ばしいことですが、まだまだ人員が少ないため、コミュニティを動かそうとするとどうしても連続投稿になってしまう足枷がついているようにも思います。約100名ほどメンバーが集結したとすれば、だいぶインタラクティブなコミュニティになるのではと予想しています。
当初の予想通り、グラフィカルな投稿が目下のところ目立っております。小説書きはなかなか投稿しづらくお思いになられているかもしれません。タグ分けはしたものの、投稿のしやすさや話題共有のしやすさは、ファンダメンタルな部分での変質が求められていると思います。難しいところです……。

ふぁじゃぱ
https://plus.google.com/u/0/communities/115316314959467935345

■ケモノ着ぐるみ版「ユスタヴァ」の制作
4月から、牛歩ではありますがボクのオリジナルキャラクターであるユスタヴァの着ぐるみの制作を続けております。まだどの部位も完成しておりませんが……orz























着ぐるみを、子供だましな見た目からチープなものだと考える人もいるかもしれません。しかしながら、一般のマスコット系の着ぐるみの相場は約20万~30万円です。高価な素材を基本的に節約して作るアマチュアのケモノ着ぐるみ(ファースーツ)の場合、コミッションですと約15万~25万円、自作の場合は数万~約10万円といったところでしょうか。
お金だけではありません。制作にかかる時間もバカにならず、不器用なボクは既に作り始めて四ヶ月が経過しておりますが、まだ光明は見えてきておりません。こう振り返ると、大人の趣味だなあとつくづく痛感させられます。

最後にまた仕事の話を一つ。学徒であったボクにとって、社会にはかなりの未知の部分が残ってしまっていました。隔離された学問の楽園に甘え過ぎた、というのが正しいでしょうか。もともとの性格もあいまって、ひいこらひいこら呻きながら社会勉強をしています。
インターネットで同じ趣味を持つ人々に出会うようになったのは、大学二年生の頃でした。その頃のボクは将来についてほとんど考えておらず、自虐心からか自分の未来を呪っているかのような発言を繰り返していたと記憶しております。ですが、色々な方々と……学府の枠に囚われず、様々な年代や思想、そして生き様に触れていくうちに、ボク自身のいわば「生活力」のなさを痛感させられたのであります。
この社会で生きていくための知識や経験を、学生のうちに十分に獲得できなかったと気付いた自分は、身を置く環境を変えることで、どうにかみんなに追いつこうと考えるようになりました。そうして得たこの一般企業に就職するというこの機会、ボクは大事にしなければなりません。

やろうと思ったことはやる、そんな人材にまずはなりたいです。

2013年4月7日日曜日

Zum Gesellschaftsdrachen

去る三月、遂にボクも大学から巣立ちました。浪人生活を含めこの五年間、ボクの気持ちの持ち方や、物事の考え方、そして人生の捉え方は、たいへん目まぐるしく変化したように振り返ります。学苑という、ある程度閉じられた、モラトリアムの延長線上に安住していたのは否めないですが、それでも、思い返せばその当時にはまったく頭に及ばなかったようなことごとに、本当によく触れて、学んでこれたのかなとしみじみ思います。

ボクの大学生活はおそらく、このご時世としてはあまり一般的なものではなかったのではと考えています。受験生時代、日本に「英語帝国主義」の旋風が吹き荒れ、企業はもとより、学生の意識の中すらも、「第二外国語」以降の言語学習についての関心が薄れ、各地の大学からそうした選択肢がかなり取り去られていました。また、ボクの興味の本質である「言語」について学ぼうと思っても、「コミュニケーション重視」の世の中はどこも「語学重視」を提示して、もともと試験勉強が苦手なこともあり、自分にマッチする大学群のほとんどがもはやトップ校で埋め尽くされようとしていました。そんな中で、母校となった大学を見付けられたことは、ささやかな幸運でした。

ただ、マッチしていたとはいえ、その大学も蓋を開けてみればコミュニケーション重視の息がかかっており、在学中にもたとえば言語学の規模縮小や、独語・仏語等を鑑みない英語教育プログラムの優先的増進など、何かと不満を覚えることの耐えない四年間でした。それでも、これは逆に、自分が「興味がない」といって避けてきたものを獲得するチャンスだと自分を奮い立たせ、そうしたトレーニング・プログラムもできる範囲で積極的に参加しました。どんなに頑張ったとしても、とどのつまり、意思疎通のとれない言語は死んでいるというほかありませんからね。その重要性を認知し、取り組んだというわけであります。

また、大学側の指示を何度もスルーしたことも、ボクをアウトサイダーたらしめる原因となったことと存じます(苦笑) 二回生のとき、勝手に英語クラスに割り当てられていたことを学生課に問い質したことがありますが、それはボクの通知見落としが原因であったので、担当の教授にアポを取り、聴講生 (単位としては認められない) としてフランス語の講義を受けました。また、三回生後期、ほとんどの人が卒業論文準備ゼミに参加していたところ、ボクは悠々と就職活動もせずに過ごしており、四回生の直前になって卒業論文指導教授探しを始め、いろんな教授・准教授と話をしたことは記憶に新しいです。

手掛けた卒業論文も所属学部学科としては破天荒なものでした。欧州について学問する学科に所属していながら、研究領域はほぼ英米で、しかもサブカルチャー論。そんな論文が書けるのも、日本の学部生卒業論文が、単なる通過儀礼にすぎないものが多く、どこにも発表されないままにプライバシーの観点から数年後に破棄されるような、継承されないいわば「学部生の好奇心のゴミ箱」となっているからこそ、逆に社会的地位や期待にしばられた有識者や学者の触れられない領域にチャレンジできるからです。そんな論文を指導してくださったボクの指導教授には、感謝の念が耐えません。

さて、大学院に進学する意向はなかったため、卒業論文を提出してから就職活動をはじめました。この点も時代に抗っている感がありますね……ただこれも運良く、なんと二週間で決着がつきました。大学卒としては、世間一般の待遇とそぐわないかもしれませんが、それでも得るものは多いし、大きいと考え、今期よりある会社で働いております。

というわけで、学問竜 (Wissenschaftsdrache) は、社会竜 (Gesellschaftsdrache) になりました。これに伴い、サイト名を変更……は、致しません(笑) 今後もどうぞ、学問竜ならびに豅リリョウを、宜しくお願い申し上げますm(_ _)m

◇ ◆ ◇

動画紹介コーナー、今回はペーター・マッファイの『大人になんかなりたくなかった』


Irgendwo tief in mir bin ich ein Kind geblieben.
心のどこか深くで、ボクは子供のままでいる
Erst dann, wenn ich es nicht mehr spüren kann,
それを見失ってしまった、その時になってやっと
weiß ich es ist für mich zu spät,
「遅すぎた」って自分でわかる
zu spät, zu spät.
「遅すぎた」、気付くのが「遅すぎた」って

過去は過去、未来は未来。でも、価値のないものはそうにありません。過ぎ去ってしまった過去、大事なこと、子供のころのことは、忘れないように生きていきたいです。

2013年2月17日日曜日

白き茨のクローリクと黒き力のショコラートル

学部生論文は大抵の場合、それが提出された大学のデータベースと、執筆した本人のデータベースにのみ保存され、やがては消えていく運命にあると言っても過言ではないと思います。「大学全入時代」と謳われる現代、学府によっては論文を書く機会も得られぬままに学生生活を終えるということもままあります。日本の大学は、学生に対して知的創出を求めることをもしかしたら一部で放棄してしまったのかもしれません。ただ、それは逆にチャンスでもあるかもしれません。そもそも、学部生論文に注がれる社会的視線がほとんどないのなら、学部生は学者や知識人のように社会的地位や経済的波及効果などといった「しがらみ」を考慮に入れず、大胆で斬新な切り口で論文を書いてもいいのです。学者や知識人には扱いにくい領域であっても、大学で培った確かな観察眼と、情報を集約・精練して正しい論理構成を組み立てれば、論じることができる……そういうことはある意味、学部生の強みと言えるのではないでしょうか。

指導教授との相談の中でこう諭されたボクは、もしかしたら幸せ者だったのかもしれません。それまで大学では全く触れてこなかった「擬人化動物文化」をトピックに挙げ、最終的には「ファーリー・ファンダム (furry fandom) 」に到る経緯までも論文に認めてしまうという、冒険をしました。そう、危険を孕んだ冒険であって、自分にとってこれは「楽しい」などといった簡易な言葉で言い表せるものではなかった、そう、振り返ります。

そんなこんなで、指導教授の推薦を受け、学内の発表会の論壇に立つことになった1のですが、なにぶんこの分野は一般の方々にはなかなか見えづらいものですし、そもそもこの発表会が「これから論文を (強制的に) 書かなければならない」人たちのためでもありましたから、つまらないプレゼンテーションにはしたくありませんでした。そこで、思い切って……

突如学府に召喚され、慌ててしまったのか帽子を忘れてしまったうさぎさん (豅リリョウ撮影、2013年1月31日)
たまたまお暇と仰っていたうさぎさん (by manglucaさん) を召喚することにしました。女性の多い学部でしたから、はてまたは学府に着ぐるみという奇抜さからか、個人的な感触としては「ウケは上々」でした。アマチュアで、着ぐるみを制作してパフォーマンスをするグループがある、ということ自体初耳の方が多かったので、「本当に個人で作ったものなのですか? すごい! かわいい!」という感想が寄せられたことはうさぎさんにとってもきっと喜ばしいこと……だったことと思します。

ちなみに、現段階では執筆した論文の公開予定はありませんが、日本のそうしたイベントでパネル展示等が行われるのであれば、発表して反応を見てみたいと考えています。「どうして人間は、動物を擬人化することができたのか?」を、約200年間の創作文化を辿ってルーツを探ってみたという内容になっております。

 ◇ ◆ ◇

発表会を終えて数日後、オフモードになったボクは小学校来の親友二人と「チョコレート展」へ赴きました。場所は上野の国立科学博物館、棟は違いますがちょうど改築の終わった後の展示会でしたね。

フライヤーと入場チケット。チケットの遊び心が面白い。 (豅リリョウ撮影、2013年2月7日)
個人的には、チョコレートの甘ーい歴史だけでなく、苦ーい歴史ももっと深く掘り下げてほしかった念があります。チョコレートもいわゆる「ブラック・パワー」、列強各国による搾取の歴史を持っています。どのように植民地化政策を進めていき、どんな現象を起こしてしまったのか? そういった苦い歴史がぼかされ、文字通り「甘い」チョコレートの魅力についての紹介に終始していた印象が強いです。ただ、友人曰く「ここまで本格的とは思わなかった」との評で、それはボクも同感です。特に、チョコレート系企業とのタイアップで設けられた日本におけるチョコレート菓子の歴史コーナーは、自分たちにも馴染みのあるようなもののバックグラウンドを垣間見ることができ、仲間内での会話が特に弾みました。ですから、「甘い」と一蹴するのではなく、好い意味で「楽しい」特別展示会となっていたと思います。

さて、上野の会場を出て、三人は山手線沿いを徒歩で秋葉原方面へと向かいました。なんでも、高架橋下にアートスペースがあるのだとか。その情報を信じて、ぶらりと歩いていると……

高架橋下なのにこの明るさ。2k540 AKI-OKA ARTISAN (豅リリョウ撮影、同上)
確かにありました! 「2k540 AKI-OKA ARTISAN (ニーケーゴーヨンマル アキオカ アルチザン) 」と名付けられたこのアーティストアレイは、「ものづくり」をテーマにしたアトリエショップの集合体です。時間も時間だったので店には立ち寄らずウインドウショッピングをしておりましたが、こうした雰囲気は嫌いではないです。

その後、秋葉原駅前で少しのんびりと一服をしてから各々は帰路につきました。

1 ボクの大学では、すべての学部生論文が発表されるのではなく、各ゼミナールの指導教授がそれぞれ一人ずつ自分のゼミナールから推薦する形で発表会を構成します。

◇ ◆ ◇

最後は、動画コーナーでございます。


Furry Gangnam Style! from EZwolf on Vimeo.

アマチュア着ぐるみ映画『ビター・レイク (Bitter Lake) 』製作に関わったオランダのイーズィーウルフ (EZWolf) さんの動画です。