今に至るまで、ボクは驪竜(りりょう, 黒色のドラゴン)の独語訳としての
シュヴァルツェドゥラッヘ(Schwarzedrache)を、アカウント名として運用して来ました。
然し先日、この名前に大きな落とし穴がある事に気が付いて、
一部を除いてありとあらゆる該当箇所を訂正するという、極めて不甲斐無い事をしていました。
その理由は以下の通りです。
◇ ◆ ◇
ドイツ語の形容詞は修飾する名詞の性により語尾変化(屈折)します。
シュヴァルツ(schwarz, 黒色の)は、女性名詞に接続する時にシュヴァルツェ(schwarze)に
変化しますが、ドゥラッヘ(Drache, ドラゴン)は、女性名詞で用いられる際に
「ドラゴンの様に気性が荒く、がみがみとうるさい女」と云う意味を持つ事があります。
ボクの意図する「(オスの)驪竜」とする為には、"Schwarzerdrache"にする必要があって、
「R」が足りていなかったのです。"Schwarzedrache"はおよそ「腹黒がみがみ女」
と云う蔑称と成ってしまうでしょう。その様なネーミングは、流石に居たたまれません >_<;
◇ ◆ ◇
さて、更に此処何時間かで気付いた事を書いてこの話題を締めましょうか。
英語で「黒竜のナガタニ」とカッコ好く言いたい時は"Nagatanj the Blackdragon"とでもしますね。
ドイツ語の場合は、定冠詞を付けると後続の名詞の文法的役割がほぼ決定する為、
"Nagatanj der Schwarzedrache"の様に此処では「R」が消失してしまうのです。
デア(der, 男性名詞に付ける定冠詞)の代わりにフォン(von, ~の)を用いると、
それが復活して"Nagatanj von Schwarzerdrache"となりますが、
組み合わせると"Nagatanj von der Schwarzedrache"とする事となります。
なかなかアタマを混乱させてくれるではありませんか... orz
2009年9月16日水曜日
2009年9月11日金曜日
denn die Zeit vergeht oft schneller als du denkst
≪ 君が考えるよりも早く時は過ぎ去ってゆくものだよ ≫
二十一世紀最初の年に起こってしまった、あの悲惨な事件から幾星霜...
かのゴーギャンを前にして雑多な話題など許すまじと、尋常ならざる威圧感を
感じざるに得ませんが、敢えて戯言をば書き綴らんとす!
◇ ◆ ◇
只今、脱稿致しました。即ち、白雉祭向けの部誌に提供する原稿達を執筆するに
当たり、約一ヶ月ものハンディを背負ってしまった事になります。
コミックマーケットを焉えて一体手前は何をしていたのか、と問われれば、
出身高校の文化祭に出展するイラスト研究部のOBとして、OB/OG合同誌向けの
原稿を制作する一件、ニコニコ生放送の或るパーソナリティの依頼で、
或る生放送用のサムネイルイラストレイションを執筆する一件が御座いました。
前者は兵(つわもの)揃いの為に手を抜けず、
後者は確りしたCGイラストを提供する為にお絵描きチャット等で練習を重ねました。
そしてボクに「二重苦」が襲い掛かる訳ですね、了解しております。。。
◇ ◆ ◇
武蔵大学漫画研究会のメンバーとなって凡そ半年、先輩方や同期の皆様方の
作品を眺めている内に、小拙も連載漫画なり構想してみたいものだと
夢想する様になり、コレを打っている現在は漫画に登場させる四獣人(よにん)の
描き分けと性格付けに苦戦している所であります。
此処に到るまでに読み切り型の漫画の執筆を考えていたのですが、
其等の構想達すら総てを内包可能な現実世界的・閉鎖空間的環境を想起するのに
最早一ヶ月掛かっております。そうですね、考える事は好きです。
然し、実体を伴っておりません。
[ 2009 / 09 / 11 更新 ]
二十一世紀最初の年に起こってしまった、あの悲惨な事件から幾星霜...
かのゴーギャンを前にして雑多な話題など許すまじと、尋常ならざる威圧感を
感じざるに得ませんが、敢えて戯言をば書き綴らんとす!
◇ ◆ ◇
只今、脱稿致しました。即ち、白雉祭向けの部誌に提供する原稿達を執筆するに
当たり、約一ヶ月ものハンディを背負ってしまった事になります。
コミックマーケットを焉えて一体手前は何をしていたのか、と問われれば、
出身高校の文化祭に出展するイラスト研究部のOBとして、OB/OG合同誌向けの
原稿を制作する一件、ニコニコ生放送の或るパーソナリティの依頼で、
或る生放送用のサムネイルイラストレイションを執筆する一件が御座いました。
前者は兵(つわもの)揃いの為に手を抜けず、
後者は確りしたCGイラストを提供する為にお絵描きチャット等で練習を重ねました。
そしてボクに「二重苦」が襲い掛かる訳ですね、了解しております。。。
◇ ◆ ◇
武蔵大学漫画研究会のメンバーとなって凡そ半年、先輩方や同期の皆様方の
作品を眺めている内に、小拙も連載漫画なり構想してみたいものだと
夢想する様になり、コレを打っている現在は漫画に登場させる四獣人(よにん)の
描き分けと性格付けに苦戦している所であります。
此処に到るまでに読み切り型の漫画の執筆を考えていたのですが、
其等の構想達すら総てを内包可能な現実世界的・閉鎖空間的環境を想起するのに
最早一ヶ月掛かっております。そうですね、考える事は好きです。
然し、実体を伴っておりません。
[ 2009 / 09 / 11 更新 ]
2009年9月4日金曜日
D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
≪ 我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか ≫
東京国立近代美術館のゴーギャン展に足を運びました。
ウジェヌ・アンリ・ジャン‐ポル・ゴガン(Eugène Henri Jean-Paul Gauguin)、
通称ゴーギャンは『19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、
南海の孤島タヒチにひとり向かった画家(配布パンフレットより)』です。
本邦初となる≪ドゥ・ヴノン‐ヌ? ケ・ソンム‐ヌ? ウ・アロン‐ヌ?≫の
公開、平日にも関わらず非常に多くの方々が鑑賞に来ておりました。
印象派との接触から始まった彼の芸術に対する姿勢は、
ヴァン・ホホ(通称ゴッホ)の耳剃り事件をキッカケにポスト印象派へと移行し、
土地に息衝(いきづ)く『野性(配布パンフレットより)』を
描画対象にアインフュールング(感情移入)して、暖色と寒色の単純化された
コントラストによる独特の平面世界を表現する境地に到ります。
全体的には巧みな装飾の施された極太の額縁に収まって落ち着いている様に
見えましたが、此の素朴なコントラストと構図とが相俟って、画面に
不穏な「ゆがみ」が感じられ、そして『緊張感(配布パンフレットより)』が
身体全体に染み渡って来る様な感覚を、鑑賞していて覚えました。
ボクの様な凡人が語るのは此処までです。
ゴーギャンの画家としての孤独の漂泊に基づく彼の心象風景は、
人間の生死やその内面性としての『野性』を常に問い続けた彼の「言葉」で
語られています(言語で絵を説明したくは無いと本人は述べている)から...
少なくとも、彼にとってタヒチが本当の意味での楽園では無かった事が衝撃でした。
ゴーギャンに対する認識を改める、好い機会を頂けたなと思います。
[ 2009 / 09 / 03 更新 ]
東京国立近代美術館のゴーギャン展に足を運びました。
ウジェヌ・アンリ・ジャン‐ポル・ゴガン(Eugène Henri Jean-Paul Gauguin)、
通称ゴーギャンは『19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、
南海の孤島タヒチにひとり向かった画家(配布パンフレットより)』です。
本邦初となる≪ドゥ・ヴノン‐ヌ? ケ・ソンム‐ヌ? ウ・アロン‐ヌ?≫の
公開、平日にも関わらず非常に多くの方々が鑑賞に来ておりました。
印象派との接触から始まった彼の芸術に対する姿勢は、
ヴァン・ホホ(通称ゴッホ)の耳剃り事件をキッカケにポスト印象派へと移行し、
土地に息衝(いきづ)く『野性(配布パンフレットより)』を
描画対象にアインフュールング(感情移入)して、暖色と寒色の単純化された
コントラストによる独特の平面世界を表現する境地に到ります。
全体的には巧みな装飾の施された極太の額縁に収まって落ち着いている様に
見えましたが、此の素朴なコントラストと構図とが相俟って、画面に
不穏な「ゆがみ」が感じられ、そして『緊張感(配布パンフレットより)』が
身体全体に染み渡って来る様な感覚を、鑑賞していて覚えました。
ボクの様な凡人が語るのは此処までです。
ゴーギャンの画家としての孤独の漂泊に基づく彼の心象風景は、
人間の生死やその内面性としての『野性』を常に問い続けた彼の「言葉」で
語られています(言語で絵を説明したくは無いと本人は述べている)から...
少なくとも、彼にとってタヒチが本当の意味での楽園では無かった事が衝撃でした。
ゴーギャンに対する認識を改める、好い機会を頂けたなと思います。
[ 2009 / 09 / 03 更新 ]
2009年8月16日日曜日
デア・オルヒデーエンターク
じゃなくて本日はコミックマーケットに馳せ参じました。
始発のりんかい線がブレーキ故障を起こした為に絶望感が漂ったかと思えば、
テトリスと呼ばれる順番のモザイク化が執り行われていた事を知る、と。
四時間半位待機してサークルを回る時間は三十分くらい。
個竜的には三回目も安泰でありました。
列(なら)ばなかったから... 嬉しいやら悲しいやら。
一段落した後にすぐさま学漫のブースヘと直行し、
結局閉店まで居候させてもらいました。
一般参加の身で「ねんぴょう」を取りに行く仕事をしました。
※伝票(でんぴょう)の聞き間違い。スタッフにそのまま聞いてしまった(汗
イヴェント後は、コミケットに参加した有志で談笑・会食。
2009年8月16日23時現在帰宅中。
然し常々思い返すに、どうしてあれだけの時間を弄べたのだろう
という疑問を、抱かずには居られないのであります。
待ち時間は教科書・参考書を読みあさり
ブースでは購入した価値ある冊子を読みあさり、
それだけでよく、持つものだ!
2009年8月1日土曜日
wie es eigentlich gewesen
ミクシィ・コミュニティへの招待状を戴いたので、早速登録に乗り出す豅。
然し、順風満帆かと思われた豅のミクシィ・デヴューに最強の魔の手が襲い掛かった。
その名は、お客様の携帯電話はミクシィ・モバイルには対応しておりません。
豅に凄惨たる悲壮感の風が吹き荒れた瞬間であった。
こうして再び放浪の竜と成った翼影は、静かに次のエデンを探し求めて飛び去った。
(多分次は「diviantART」と「FurAffinity」のアカウント取得かな...)
◇ ◆ ◇
小学生時代からの仲である親友三名と共に、ぶらり上野・科学博物館を探検しに出掛けました。
全員が文系的な学問を勉強する身であるにも拘らず、です。
地下二階は物理の世界が広がっておりました。
地面に映し出された式が何であるか、悩みながらも答えつつ、高校物理Iの復習で小一時間程。
既にこの時点で四人とも幾許かの疲労感を覚えていた事はナイショダヨ
地下一階より地上一階までは、動植物の進化を辿る展示フィールドでした。
即ち仔竜の好奇心であり、その目は常に端整な貌(かお)へと向けられておりました(苦笑
昼食は中二階のレストランにて、折角ですから「ティラノサウルスの巣篭もり」を注文致しました。
巣の如く巻かれたボローニャ風スパゲッティの上に鎮座する卵: 玉子コロッケを案ずる皆の衆、
躊躇せずに喰した我が身もまた部屋に「巣篭もり」だと冗談を咬まして置きました。
(決してティラノサウルスに成る訳ではないと思われる...)
二階から三階に掛けては科学技術の結晶で御座いました。
ロケット技術の発展、工作機械の変遷等、実に多種多様な展示物がありましたが、
中でも一同が大いに関心を寄せ感心を懐いたのが「アナログ計算機」でした。
丁度、一次方程式のグラフの傾きを立体化・物質化したかの様な機構、圧巻です。
地球館を出た一行は序でにと日本館へと足を踏み入れました。
最も印象深い展示はやはり「現代人」でしょう。
ケージの後ろ側から観客が自由に出入り出来る構造になっており、「情報に振り回される」
という説明の下に、自分を被写体として紹介出来るスペースがあるのです(笑
帰りの電車では四人一緒にうとうとと揺られつつ、再会を誓って別れるのでありました。
いやはや、本日はどうもお疲れ様で御座いました...!
此の場を借りまして、またお会いする日を心待ちしておる次第であります。
◇ ◆ ◇
七月の大晦日に、大学サークルの前期納会で
しゃぶしゃぶを食べに渋谷へと赴いた事も記述せねばならないでしょう。
二時間の飽食好(食べ放題)、御腹一杯・面舵一杯で御座います
然し、順風満帆かと思われた豅のミクシィ・デヴューに最強の魔の手が襲い掛かった。
その名は、お客様の携帯電話はミクシィ・モバイルには対応しておりません。
豅に凄惨たる悲壮感の風が吹き荒れた瞬間であった。
こうして再び放浪の竜と成った翼影は、静かに次のエデンを探し求めて飛び去った。
(多分次は「diviantART」と「FurAffinity」のアカウント取得かな...)
◇ ◆ ◇
小学生時代からの仲である親友三名と共に、ぶらり上野・科学博物館を探検しに出掛けました。
全員が文系的な学問を勉強する身であるにも拘らず、です。
地下二階は物理の世界が広がっておりました。
地面に映し出された式が何であるか、悩みながらも答えつつ、高校物理Iの復習で小一時間程。
既にこの時点で四人とも幾許かの疲労感を覚えていた事はナイショダヨ
地下一階より地上一階までは、動植物の進化を辿る展示フィールドでした。
即ち仔竜の好奇心であり、その目は常に端整な貌(かお)へと向けられておりました(苦笑
昼食は中二階のレストランにて、折角ですから「ティラノサウルスの巣篭もり」を注文致しました。
巣の如く巻かれたボローニャ風スパゲッティの上に鎮座する卵: 玉子コロッケを案ずる皆の衆、
躊躇せずに喰した我が身もまた部屋に「巣篭もり」だと冗談を咬まして置きました。
(決してティラノサウルスに成る訳ではないと思われる...)
二階から三階に掛けては科学技術の結晶で御座いました。
ロケット技術の発展、工作機械の変遷等、実に多種多様な展示物がありましたが、
中でも一同が大いに関心を寄せ感心を懐いたのが「アナログ計算機」でした。
丁度、一次方程式のグラフの傾きを立体化・物質化したかの様な機構、圧巻です。
地球館を出た一行は序でにと日本館へと足を踏み入れました。
最も印象深い展示はやはり「現代人」でしょう。
ケージの後ろ側から観客が自由に出入り出来る構造になっており、「情報に振り回される」
という説明の下に、自分を被写体として紹介出来るスペースがあるのです(笑
帰りの電車では四人一緒にうとうとと揺られつつ、再会を誓って別れるのでありました。
いやはや、本日はどうもお疲れ様で御座いました...!
此の場を借りまして、またお会いする日を心待ちしておる次第であります。
◇ ◆ ◇
七月の大晦日に、大学サークルの前期納会で
しゃぶしゃぶを食べに渋谷へと赴いた事も記述せねばならないでしょう。
二時間の飽食好(食べ放題)、御腹一杯・面舵一杯で御座います
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