2023年1月31日火曜日

豅リリョウ in JMoF 2023

年末年始

今回のJMoFは1月第1週からの開催のため、年末年始の休業期間に入る前にコンブックを印刷入稿する必要があった。感覚的には、例年より2週間ほど締め切りが早まったようなものである。ただでさえ年末案件で激務となる本業がある中で、ウェブサイトの更新作業、ソーシャルメディア告知の仕込み作業、アンケートの準備などをこなさなければならない時期に、コンブックの印刷入稿が重なった。おのおのの事情から広報班のマンパワーに欠員が発生していたこともあり、作業者レベルから管理者レベルまで筆者のフォローが必要な状態だった。優先度の高いものからとにかく少しずつ崩しつつ、コンブックの印刷入稿の締め切りだけは死守するよう全力を尽くした。

前回のJMoF 2022に引き続き、コンブックはDTPデザイン/オペレーションにいちばさんとレイテさんの2名、編集に霜雪さんと筆者の2名が入って進行した。A5サイズの中綴じ・日英別冊とはせず、JIS B5サイズの無線綴じ・日英同冊とする理由は、やはり印刷費の削減(20〜25万円ほど安くなる)にある。日英併記のレイアウトは版面率が高くなりやすく、可読性を高めるためにサイズアップしている。ただし、A4サイズは避けている。非日本語話者に対して情報アクセシビリティーを確保することは、筆者がJMoF実行委員会に入会して以来至上命令の一つとしているが、この水準で実現してくれた各人には頭が上がらない。

本業では、年始の価格改定の準備で12冊(21バージョン)のカタログを同時に制作進行していた。一方で、台湾の親戚が家族総出で日本を訪れに来てくれていて、年末のうち2日間は大所帯でディナーを嗜んだり、一足早いおせち料理に舌鼓を打ったりした。それ以外に休日といった休日はなく、公開が遅れていた企画紹介の編集になんとかギリギリ区切りをつけ、遅れに遅れていた公式写真の公開を最終チェックをした上で実施し、ソーシャルメディア告知の仕込み作業に追い込みをかけた。なおこの時点では、自身が応募した企画である「クローズアップ広報++」の準備にはまったく手が付けられなかった。

はつもうで

前回のJMoF 2022に、ユスタヴァ(ファースーツ)を連れて行くことができなかった反省から、上記のような多忙の中に荷造りをする時間をねじ込んだ。台湾の親戚からもらった大型トランクケースが優秀で、両足を別にしてすべてが一つに収まった。会場ホテルの回答(事前に問い合わせた)内容に従って事前に会場ホテルに発送した。

1日目

日付が変わった頃合いに、着ぐるみ撮影ブース運営サービス(SELFOTO)のファストパスを予約した。その後はひたすらソーシャルメディア告知の仕込み作業を続けたが、昼過ぎまでかかってようやく仕上がった。最終的に日・英合わせて約380件(最大79,800字、実際には70,000字ほどか)となった。「クローズアップ広報++」の準備は行きの新幹線でやることにして、荷物をまとめて出発。東京駅から新幹線に乗って豊橋駅に向かう道中、なんとか気を奮い立たせようとしたが、生粋の乗り物酔いしやすい体質には無力で、そのほとんどを寝て過ごした。無論、連日作業の疲労蓄積もあっただろう……。

豊橋駅に降り立った後、タイミングの良いことに、すぐに無料シャトルバスに乗車することができた。18時ごろにロワジールホテル豊橋に到着し、スタッフ控え室に赴いて各人に挨拶をした。仕込みをしたソーシャルメディア告知——Twitterの予約投稿状況を確認しつつ、会場内をざっくりと見て回った。途中、企画班からヘルプの要請があったので、機器の運搬とセットアップを手伝った。なお、プロジェクターの照射角度を調整する機構が底面に備え付けられることを知ったのは、2日目の自分の企画が終わった後だった。「Kemono 101: A Fureigner’s Guide」のリズムさんには、その件についてこの場でお詫びしたい。

なお、ホリデイホールロビーのホワイトボードには例年、会場ホテルからのお知らせが貼り出されていたのだが、今回は量が少なく(ホワイトボードのない別の場所に貼り出されているものも多く)、すでにJMoF受付に関する板書が為されていたこともあって、筆者は板書を行わなかった。好きでやっていた訳でもなければ、スタッフ業務としてやっていた訳でもない、やはり非日本語話者に対する情報アクセシビリティーの確保が目的で自主的にやっていた英語による板書だったが、参加者から「今回は書かないのか」と期待する声をいただいたことが感に入っている。

まんぐくんが申し込んでいた企画 「JMoFヒストリー(だったもの)」に参席。滋賀県彦根市のホテルサンルート彦根で初めて開催されたJMoF 2013からちょうど10年、(中止となったJMoF 2021を除いた上で)記念すべき第10回開催となったJMoF 2023で、このような歴史叙述の取り組みが実を結んだことはたいへん喜ばしい。参加者数の推移、実施企画の傾向比較、歴代ビジュアルの紹介——どんなに単純なことでも、歴史は書かなければ残らない。コロナ禍の最中、まんぐくんやZuilangさんが参与してアーカイブされた史料は、私たちがより自分らしく生きるために努めてきた証と言って過言ではないだろう。

私物が史料となる瞬間

自室に戻って荷物を整理した後、夜食を買いに近くのコンビニに行った。ようやく「クローズアップ広報++」の準備に取り掛かった。

2日目

「クローズアップ広報++」の準備は当然間に合わなかった。自分が思い描いていたものとギャップがありすぎて、既存の資料をまとめてプレゼンテーションの進行を段取ること以外にほとんど筆が動かなかった。身支度を済ませ、フォーシーズンズで朝食を摂り、9時にスタッフ朝礼に参加。「クローズアップ広報++」の実施時間が迫っていたため、解散後にすぐ松の間・竹の間に荷物を運んだ。

「クローズアップ広報++」は、筆者がJMoF 2018のときに実施した「クローズアップ広報+」のリバイバル企画。当時はデザインチームも開発チームも撮影チームも広報班に紐付けられていたが、JMoFの開催規模拡大に対応するためにそれぞれが独立した。その結果、現状(JMoF 2023時点)の広報班は言語サービス(編集、翻訳)、アテンディーサービス(問い合わせの総合対応)、ソーシャルメディア運用(Twitter、Facebook、Flickr)、コンブック制作を統括する部署となっている。広告を作る部署(advertising)とも言い切れない、情報戦略の主体(marketing)とも言い切れないこの部署の説明に、今回は90分間という時間を割いていただいた。

結果、時間配分に失敗して不完全燃焼で終わってしまった。言語サービスの重要性について説くことはできたが、実作業について踏み込んだ説明ができなかった。筆者はこの企画を一つの節目としようと考え、すべてを終えるつもりでいたが、こう尻切れ蜻蛉になると「リベンジしたい」と思ってしまうのが不思議だ。

荷物を畳んだ後、「フロートフォーラム」に足を運んだ。設営完了を知らせる告知が筆者のTwitterタイムラインに流れてきて、展示ホールの隅っこにPlushLife製のドラゴンぬいぐるみやオオカミぬいぐるみがあることを知ったので、ぜひとも拝見したいと思って行った。

もへっとしている

今回新設された椛の間(旧ル・マージュ)に設営された、特別企画の一つ「「獣神画展」姫川明輝」に赴き、水墨画の作品群を鑑賞。姫川明輝(本田安桂美)先生の個展に行くのはこれが2回目で、前回は2021年の京都・ちおん舎に遡るため、筆者にとっては新しく見る作品が多かった。大判の作品が増え、動物、とくに猛獣・猛禽のダイナミズムを表すにあたり狩野派の鳥獣画を紐解いている感覚があった。動物の捉え方は現代的(個人的に、屏風絵は斜めから見られることを想定して若干横広に描かれていたように思う)だが、筆致は上記のとおり過去を思わせ、不思議な魅力があった。

部屋に戻ったあと、これまでの疲労が祟ってひどい腓(こむら)返りを起こし、数時間ほど休もうに休めない休養を取った。ある程度落ち着いた後に跛行でスタッフ控え室に入ると、参加者から時宜好くインドメタシン配合冷湿布の差し入れがあり、ありがたく活用させてもらった。広報班翻訳チームのユウカさんを迎えに行って、思い切ってJMoFに来てくれたこと感謝した。

デザイン班と広報班翻訳チームに加入してくれたITSUKIさんと経歴や言語について談笑したあと、MEGAドン・キホーテ豊橋店のフードコートに行って夕食を共にした。あいにく現金の持ち合わせがなく、マクドナルドで電子決済できることを確認するまでに少し時間がかかったが、台湾スイーツの話などを交わして楽しく過ごした。途中、istさんが隣りのテーブルに来て、筆者が注文した特製つけ麺を横目に軽い夕食を摂っていた。

その後、「LGBTs TALK SHOW after dark」に参席。なるほど確かにafter darkな内容だったが、コミュニケーション下手な筆者に居場所はなかったように思う。

3日目

身支度を済ませ、フォーシーズンズで朝食を摂り、9時にスタッフ朝礼に参加。解散後に会場内をうろついていると、ある参加者に呼び止められた。

以前からケモノ趣味の活動に興味を持っていたものの、諸般の事情で今まで接点を作ってこなかったとのこと。JMoF 2023参加をきっかけに自身も活動をしていきたいと一念発起して来たが、やはり右も左も分からないので案内してくれないかとご要望。待ち合わせまで時間があることを確認して、これを快諾。これと言ってまだご自身の興味も定まっていないとのことで、それならば総合コンベンションならではのスケールを感じてもらえればと思い、「着ぐるみクリエイターコンテスト2023」にまずは足を運んだ。途中で観覧を切り上げ、先端技術の結晶であるVR世界を体験することのできる「VRラウンジ」に移動した。

筆者の案内が適切だったか自信はないが——VRラウンジで受付をしていたGentouさんや誰五味さんに後を任せて、自身はホリデイホールロビー付近に戻り、車で来たうるさんと駐車場で合流。当日参加登録を済ましてもらい、ディーラーリボンを渡す。荷物を持って「ディーラーズルーム」に設営に向かう。3年振りのディーラー参加、「Philosofur編集部」ブースの設営は30分以内に終わった。設営完了の告知をPhilosofur編集部のTwitterアカウントから発信した後しばらくして、ディーラーズルームが開室した。

Twitterの絵文字スタンプはやけに描写が細かい

今回のディーラーズルーム出展は確かな手応えがあった。予想を大幅に上回る来客だったのは、けもケットに較べて規模が小さく、出展物が多岐に亘ることも寄与しているように感じた。隣りのブースには小説サークルである獣文連が入っていたが、こちらも同等かそれ以上の人入りだった。海外からの参加者からも興味を示していただいたが、あまり平易ではない日本語の読み物から大意を汲み取るのはやはり難しいようだった。

近年、ケモノ同人誌の主流はコミックマーケットからけもケットに遷移したきらいがあるが、けもケットで読み物を出展するにあたり、ネームバリューや情報メディアへの露出などに期待を寄せなければならない孤独感が正直ある(その意味では、コミックマーケットにおける評論島の存続には価値があると言える)。JMoFのディーラーズルームではそうした孤独感はなく、売り子をしていてとても楽しかった。

うるさんが売り子に入っているあいだに、筆者も会場を見て回った。獣文連ブースでは岸間 夜行さんと挨拶を交わし、第1集を購入。壬生工房ブースでは壬生春成さんの備前焼の鏡に目が留まり、応援の意味を込めて狼の寝姿を描いた作品を購入(筆者はチキンだった)。四つ足カルテットブースでグッズを購入しようとしたところ、持ち金がほとんどないことに気が付き、SHIGEさんに頭を下げながら着ぐるみ用バンダナのみを購入した。財布を空にしたことをうるさんに伝えると、大阪ではこれを「螻蛄(おけら)になる」と言うと教えてもらった(※本義では「博打で負けて」というニュアンスが入るが、広く一般にも使うよう)。

夜、うるさんと筆者以外のPhilosofur編集部の部員3名——さとみさん、まんぐくん、ばけもさんを自室に集めた。会場運営の最前線で動いている3名には申し訳ないと思いつつ、うるさんが持ってきてくれたウサギ柄のウイスキーを先に開けて景気良く血流に回してしまった。結果として議論はできなかったが、編集部の結束を確認。『Philosofur 4』の刊行を10月初め(実際には9月末)目標とした。

4日目

目覚まし時計の助力を得て起床し、身支度を済ませ、同室のうるさんとフォーシーズンズで朝食を摂った。SELFOTOのファストパスをこの日の午前に入れていたため、9時のスタッフ朝礼に参加した後、広報班のリーダー業務の代行をサブリーダーのまんぐくんにお願いして、自室に戻った。

現行の着ぐるみユスタヴァは、JMoF 2014でデビューしてから9年が経つものの、換装の回数が少なく、室内で短時間の換装がほとんどだったこともあり、比較的状態は良好だった。ただ、酸化によるウレタンの経年劣化だけは避け難く、今回で3年ぶりの換装中にヘッドを破損してしまった。ただ、JMoF 2020の写真撮影では忘れていた上腕ベルト、脹脛ベルトの装着は忘れなかった。同室していたうるさんに換装の様子を見届けられつつ、参加証とネームタグを首から提げて部屋を後にした。

筆者が着ぐるみを着る目的は、着ぐるみを通じたコミュニケーション(グリーティング)ではなく、「鏡に映った自分の姿を見たい」から。一般客や参加者には申し訳ないが、脇目も振らずにホリデイホールCに向かった。運営ボランティアに自身が予約した時刻を伝えて、尾をもたげて椅子に座った。フォトグラファーのNoiseさんに呼び掛けられてスタジオに入り、いつものポージングをして撮影に臨んだ。いつも写真撮影のときに痛感させられながらも忘れてしまうのだが、「鏡にどう映るか」は入れ込まないと分からない。これが現状の目的とあまり合致しないのが悲しいかな。写真撮影が終わって部屋に引き上げる道中、こまこまさんに呼び止められて僥倖にも被写体にしていただいた。おそらくこれが今回のユスタヴァ換装の唯一の野良ショットであろう。

こまこまさん撮影

換装を解除し、ホリデイホールに戻って「GoH Talk Show」の聴講者に加わった。ほりもん(堀本達矢)先生が幼少期から抱いていたというケモノへの憧憬——それを真に具現化したはずだった作品で味わった「ケモノになれなかった」という挫折と、それに喝采を送ってカテゴライズしようとする観察者に対する不安を経験した結果、単色(白色)基調の「何者でもない」ケモノを具象化して、そこに観察者を配置する(=「会う」)アプローチを実践されたというお話は、筆者が高校時代に経験した挫折(人間中心主義的な世界観)と大学時代に実践したアプローチ(擬人化・擬獣化は人類普遍の営み)と重なる部分もあり、個人的に納得感があった。

たとえば『マウンティング』は、展示を観に来た観察者がケモノを「同意なく」撮影する暴力性や、この構図そのものを「一方的に」評価する暴力性を示唆しているという。これは、動物を畏怖したり慈愛したりするのはあくまで人間側に主導権があるという人間中心主義的な世界観に肉薄しているように思う。本質的には人間が好きなのかもしれない、これはエゴなのかもしれないと自覚しながらも、それでも動物ないしケモノが好きだと主張できる視座を持つことは、筆者にとって相変わらず至上命題の一つである。

しばらくして、「けもなーじゆうけんきゅう」に参席。JMoF 2022で初開催されたライトニングトーク(LT)会で、発表のハードルを下げるためにひじょうに限られた時間設定にしたり、発表内容には必要最低限の条件しか課さないようにしたりする工夫が為されていると聞いている。今回は登壇者が5名おり、フェイクファーの染色試験や「性癖」に関するアンケート調査報告など、ジャンルが一つも被らなかった。一部、国際法に抵触する結論はどうか……と思う瞬間もあったが、聴講者側もそういう雰囲気を了解して聴講していたことを願っている(それが真に大切なことである)。

部屋に戻ってしばらく休息し、自室からスタッフ控え室に移動しながらストリーミング配信で「パフォーマンスステージ「Back to the 90’s」」を途中から鑑賞。ステージ企画は生ものであり、スケジュールどおりにいかないことはままある。より実状に近いソーシャルメディア告知をするためには、その進行を注視する必要があった。続けて「ケモノストーリーコンテスト2023表彰式」、「Japan Furries Photo Competition 2023 Award Ceremony」、「JMoFイラストコンテスト2023表彰式」もライブ映像で視聴。「閉会式」の進行もリモートで見守り、勤続10年の第1期スタッフ4名(さとみさん、Zuilangさん、OTKさん、七輝さん)をねぎらうサプライズ企画を見届けた。

「デッドドッグパーティー」は筆者にとってnot for meな企画なので、割愛する。

5日目

身支度を済ませ、フォーシーズンズで朝食を摂り、9時にスタッフ朝礼に参加。撤収の様子を見に来てくれたガチマグロさんに昼食と帰路を共にしようと持ち掛け、快くご承諾いただいた。

スタッフ控え室(桃の間)、アーティストラウンジ(楓の間)、獣神画展(椛の間)の撤収を手伝ってから、11時ごろに無料シャトルバスに乗り込み、会場を後にした。豊橋駅に着いた後は豊橋駅ビル カルミアに向かい、ブランテーブル こすたりかで昼食を摂る。

手前のパスタと真ん中のピッツァには、豊橋特産のうずら玉子がトッピングされている

折を見て店を後にし、券売機で復路の乗車券と特急券とを買い、東海道新幹線に乗り込んだ。さすがにお互いに疲れが溜まっており、旅程のほとんどを寝て過ごした。夕方には東京駅に到着し、再会を願いながら解散した。

総括

初めて参加したJMoF 2014から、中学校を卒業できるほどの時間が経過した。筆者は2018年(JMoF 2019期)から、より正確にいえば2017年(JMoF 2018期)の秋ごろから広報班のリーダーを務めているが、無償の奉仕活動であるからこそ無限に頑張れてしまう性分のデメリットが、ここに来て顕在化しているように感じている。JMoFを陰で支えることに慣れ過ぎてしまって、本当はもう少し自分のことを大事にしてもよいのに、どうやればいいのか忘れている。

いえもんくんに襲われている図

そんな者にも分け隔てなく活力を与えてくれるのがファンコンベンションの空気だった。JMoF 2023は、筆者の悩みを消してくれたわけではないが、自分の一生をもっと豊かにしたいと再び決心するきっかけの一つとなってくれた。

実際には本業でも大きな変動があり、身の振りを考えざるを得ない時期に入っていることは自覚している。本年をぜひ稔り多き年にしていきたい。

2021年1月30日土曜日

マーレに捧ぐ

旧年の大晦日、我が家の飼い犬が友達を探しに旅立った。

数年前の元旦に腰を痛めて以来、齢というよりもむしろ老いを深めていった飼い犬。親は還暦を迎えながらも手間を惜しまず、飼い犬と最期まで向き合った。いっぽうの私は、留守のときに面倒を見たり、家にお金を入れたりするくらいで精いっぱいだった。

ある日私が学び舎から家に帰ってくると、リビングに見知らぬ仔犬がいた。雄のアメリカンコッカースパニエルだと紹介された私は、なんで何も言わずに買ってきたんだと子供のように激昂して、それから1週間ほど親と口を利かなかったことを憶えている。当時の私は、動物が好きなのではなく、擬人化動物が好きなのだと不意に気付いてしまい、ショックを受けていた頃だった。もともと偽物だったのかもしれないが、愛が破れたそのときに、仔犬がやってきた。

しばらくして私は、親の気持ちを少しずつ感じ取り、仔犬との距離を少しずつ近付けていった。幸いなことに、その仔は大人しい性格だった。餌のやり方、水の飲ませ方、首輪やリードの付け方を親から教わり、覚束ない手で犬の世話を試みようとする私を、その仔は何も吠えずに待っていてくれた。

いつしかその犬は、私のにおいも覚えてくれていた。この十数年間、散歩をしたり、写真を撮ったり、行事で祝ったりする時間を、飼い犬と家族いっしょに過ごしてきた。内心ではまだ、言葉にできない何かを抱えながらも、飼い犬は屈託のない態度で私にも接してくれた。そして飼い犬は、私の齢をあっと言う間に追い越していった。

旧年の大晦日、私は徹夜の追い込み作業を行っていた。明け方、か細い声が聞こえたような気がしたが、どうしても手が離せなかった。しばらくして、涙をたたえた母が部屋に入ってきた。私は急いでリビングに行った。まだ、ほんのわずか、温もりがあった。

虫がいい話かもしれないが、私には看取るチャンスが与えられていたと思うと、自分の薄情さに虫唾が走る。けっきょく、君の方が明らかに大人だった。

どうか安らかに。

2020年1月15日水曜日

豅リリョウ in JMoF 2020

総括

正直なところ不安感が勝っていたが、それを吹き飛ばすエネルギーを持った参加者と、ボランティアやスタッフの現場担当者による尽力で、JMoF 2020もまた私の記憶に残るコンベンションになった。

年末年始

年末年始の休みをコミックマーケット97のサークル活動(Philosofur)とJMoF 2020コンブックの原稿作成・版下チェックに捧げる。
新刊『Philosofur extra 5』は、構想・アンケート調査1ヶ月、原稿・版下作成2週間の極限のスケジュールで制作。12月26日(木)入稿。30日(月)に売り子としてブースを切り盛りする。

次は『Philosofur 3』を出すぞ!

コンブックを1月7日(火)未明に入稿、Web班にホテルからの依頼と電子版コンブックの掲載を依頼するため原稿を作成、8日(水)に入稿。
その日から、事前に他の広報スタッフに作業指示しておいた、開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックに着手。

1日目

年始の仕事を捌きながら修正加筆・翻訳を行い、10日(金)の午前4時までに2日目までを完了。この間に電子版コンブックのミスが発覚するも、コンブック総括の千葉いちばさんとWeb総括のえかはすさんのファインプレイにより解消(お二方には頭が上がらない)。Noiseスタジオのファストパスを取得。1時間半で荷造り・シャワー・食事をして出発。新幹線で豊橋に向かい、12時前にはロワジールホテル豊橋に到着。13時にスタッフ号令に参加。


まだ投稿していなかった企画の告知依頼、開催当日のソーシャルメディア投稿(3日目、開催後)の内容チェック、その他追加の告知依頼をスタッフ控室でこなす。そのうちにトーク&スナック&カフェインと開会式が終了していたが、スタッフ控室に回収されてくる菓子類が例年より少なかった。より多くの菓子類がちゃんと参加者に回ったということなので、よいことである。
はたらくケモナー交流会に参加。前回より参加者数が増え、2グループになった。プロフィール(職業・職種・勤務先)と、現在悩んでいる問題について各人が語り合った。梨味さんが介護に関する本を書いていると聞いて、個人的にメモ。
コンベンションとはいわば同好会の一種であり、コミュニケーションが主体である(趣味を通じて知り合った同士は、より多様なつながりを求める)。人と人とのつながりあいには、時としてコンテンツを介在させなくてもよい。その際たる例として、ゲントウくんががんばっている恒例企画である。
Noiseさんと共にSEAfur Panelに参加。東南アジア圏のファーリーたち(Gaoさんなど)が、それぞれの国の地理、主要な観光地、食べ物、現地のファーリーコミュニティーについて紹介した。ミャンマー、ラオス、カンボジアについても言及していた。東南アジア圏のファーリーの連帯を感じさせるよいパネルだった。
獣語授業に参加。終始テンションが高く、円滑なコミュニケーションのためならフェチを語り合えと言わんばかりの構成はさすがキープさんだなと思った(授業には竜朗さん、ルーさんも登壇した)。この企画の本質は、その3名の人望を活かし、多くの海外ファーリーと国内ファーリーを同じ箱の中に囲い込み、相互のコミュニケーションを支援したところにあると感じた。
スタッフ控室に戻り、開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックを進める。他班のスタッフといっしょにステーキガストで食事を摂る。自室で開催当日のソーシャルメディア投稿の内容チェックを完了して、26時に就寝。

いまだに頭髪・ゴーグル・翼がないものの、何だかんだ愛着がある。

2日目

6時起床。シャワーを済ませ朝食を摂り、9時のスタッフ朝礼に参加。
着ぐるみクリエイターコンテスト2020に途中から参加。レッドカーペットが敷かれたランウェイで、個性豊かなファースーツがその魅力を放っていた。出場者は壇に上がったり下がったりする必要があり、必然的に動きやすさも問われる会場設計となっていた(※もし私が着ぐるみクリエイターコンテストに参加するなら、スタジオ撮影にしか適さない着ぐるみを作りたいと考えており、勝手に頭を悩ませている)。


ホールロビーのホワイトボードに張り出されていたホテルからのお願いを翻訳し、訳文をすべてホワイトボードに手書きで記入(※これは事前に用意できない事情がある)。
着ぐるみクリエイターコンテストが押したため、次のGoH Talk Showの準備を補助。休む間もなく着ぐるみパレードの下見(12時~)に参加。昨年よりも通路が狭くなったドン・キホーテと、開店したZENTを実地で把握。
GoH Talk Showに参加。今回はゲストオブオナーのアンクル・カゲ(Uncle Kage)と通訳のサーシャさんの言語能力によってかろうじて企画の体が保たれた、危うい内容だった。聞き手のクリスケさんの持ち味である連想力が、あらかじめ用意はしていたものの想像以上にアンクル・カゲの「話すべきではない」壁が堅かったことと、聞き手側の通訳が(申し訳ないが)技量不足だったことが重なって、やりづらそうな印象だった。内容としては、アンスロコン(Anthrocon)が街ぐるみのコンベンションになっていることに対して、「それは私の功績ではない」・「ピッツバーグ市民がやったことだ」と発言したことがもっとも印象に残っている。
着ぐるみパレードの警備(誘導員)ボランティアとして、自分の持ち場に移動。ZENTの入り口前の細い通路が持ち場で、行進する着ぐるみを撮影しようと参加者が通路に列を作ると、他の一般客の通行を妨げることに気が付いたため、適宜着ぐるみにどちら側に寄ってもらうか話しかけたり、パレードを止めて一般客の通行を促したりした。

あぐちゃきた 襲われているのはまんぐくん(許可は取った)

自室に戻り、ユスタヴァ(着ぐるみ)を45分ほどかけて召喚。久し振りの召喚で、構造的に視界不良なユスタヴァの視界と身体マッピングで、壁やポールにぶつかりながらなんとかNoiseスタジオまでたどり着き、小物として用意していたドラゴンブースト(空き缶、洗浄済み)を使いながら数カット撮影。ヘッドレスルームで休息を取り、スタッフ控室に移動。アンクル・カゲと昔、アンスロコンがさんまのまんまの取材を受けたことについて話をして、アンクル・カゲが酒☆フェスに出向いたあともしばらく滞在。
自室に戻り、ユスタヴァの召喚を解除。ここで、自分が召喚の際にベルトや首輪の一切を忘れていたことに気が付く。ユスタヴァの身体をいたわって「boop」してから、スタッフ控室に戻る。
Uncle Kage's Story Hour in JMoF 2020に参加。始めは非英語話者に配慮して、ゆっくりと、はっきりと発話しながら、定番のネタ(ご両親の金婚式をユーロファレンス(Eurofurence)で祝った話、消防士の話など)を披露した。英語話者にとってはおそらくどこかで聞いた話だったかもしれないが、アンクル・カゲの緩急をつけた迫真の語り口に笑いが絶えなかった。終盤に差し掛かると元来のまくしたてる口調があらわれ、非英語圏の英語話者のために私が「raconteur」をより平易な「storyteller」に置換したことを少し恥じた。
Trip Fur GARDENにほんの少しだけ参加。前日のMAYHEMでは電気系統のトラブルがあって出力が抑えられたが、本日は本領を発揮し、心臓を撃ち震わせるほどの音響空間となっていた。

そらみくんかっこよかった

ホテルフロントで宿泊費を支払ってから自室に戻り、アンケートの作成に着手。Zuilangさんの汐崎での晩飯ツイートに触発されて、汐崎に移動。つばきさんとまずるさんにばったりお会いして、同じ席に入れてもらってバターラーメン(大盛り)を食べる。自室に戻り、アンケートの作成が間に合わないことを悟りながら、26時に就寝。

3日目

7時起床。朝食を摂ってシャワーを済ませ、9時のスタッフ朝礼に参加。アンケートの作成が間に合わないことをさとみさんに伝える。

いくらでもサラダとフルーツポンチが食べられる至福のひととき

クリスケさんといっしょにおしぼん!~お前の推し本を語り尽くせ~に参加。会全体の内容次第では紹介を控えることを考えていたが、主催のばけもさんのさまざまなジャンルを紹介したいとの意向により、論考ジャンルの本が私の本だけだったため、壇上に立つ。マット・カートミル著、内田亮子訳『人はなぜ殺すか――狩猟仮説と動物観の文明史』(1995)新曜社を紹介した。個人的には、『アーネストとセレスティーヌ』が原作とアニメでまったく違うことを知ったことが一番の収穫だった。
ディーラーズルームとアーティストラウンジを行き来して様子を見つつ、控室で他スタッフと会話を挟んでから、ケモノ・ドローイング・ワークショップに参加。前回同様、参席者の質問に答えるかたちで進行。『竜は黄昏の夢を見る』のキヤも登場し、動物変身もの(TF)に対する往年の想いを語りながら、姫川明輝先生の即興イラストレーションに見入っていた。
ディーラーズルームを再度訪問し、各ブースを渡り歩く。梨味さんの『同人介護の梨味さん』、ミライフラクトの1stシングル『三月/トワイライト・メモリー』、Ben-Benさんの『Beauties And Beasts』、稲尾さんの複製原画(朝顔)と型抜きカード(ウンピョウ)、姫川明輝先生の『ルウ・ガル』、月餅さんのTシャツ(寿司)などを購入。Ben-Benさんのブースには売り子(兼日本語通訳)としてKrhainosさんがいらっしゃり、1年ぶりの再会に少し言葉を交わした。余談だが、Krhainosさんの作っているステッカーに、私がJMoF 2019のアーティストラウンジで描いたKrhainosさん(だと思う、手元に資料がなく記憶もおぼろげ(2回描いたことは確か)で自信がない)があったのだが、それがアンクル・カゲの白衣についていたのを見て、ちょっと驚いた。

アーティストラウンジに移動して、VRラウンジに足を踏み入れる。おしぼん!と同様にエポックメイキングな企画だと勝手に思っていて、今回はふしぎの国のエナジー~Energy in Wonderland~より優先した。本格的なVR環境、VR JMoFにはリアルJMoF会場を映すライブストリーミングが、リアルJMoF会場にはVR JMoFを映すライブストリーミングが用意されており、参加・非参加、国内・海外、そしてリアル・VRの境を越えての交流が行われていた。私もVR体験に参加し、ちまっこい犬のアバターを選んでVR JMoFの地に足を踏み入れたが、(生)温かいVRChat民に手取り足取りいざなわれ、犬になった自分をまじまじと見つめたり、VRの環境構築や市場について解説を受けたりした。すさまじい企画だったが、ゲントウくんをはじめ、現場スタッフがVRラウンジにつきっきりだったことが気の毒に思っている(同じことはステージ班スタッフにも言える)。

めっちゃかっこいい

自室に戻り、痔を再発。
閉会式に遅刻し、他班のリーダーが全員登壇している中、舞台袖で閉会式に参加。JMoF 2021が4日間開催であることが告知されると、ホリデイホールDもホールロビーもわっと歓声が沸いた。舞台袖のスタッフは有給休暇をどうしよう……と物思いにふけっていた。
デッドドッグパーティーの前、アーティストラウンジ控室に荷物が残っていたため、ステージ機材の撤収を手伝っていたかみゅさんを連れて荷物を回収。ステージ機材の撤収先について伝達ミスがあることに気付き、ステージ担当者のころねんさんと機材総括の疑惑さん、ホテル担当者のZuilangさん、列整備総括のD.R.Cさんに伝達。列整備と機材の移動を両立できるよう連携してもらい、無事に完了。私の担当は広報だが、時としてこのような行動をする場合もあるということで、ここに書き置く。
デッドドッグパーティーは、私にとってどうしても過酷な時間なので、たくさんケーキを食べた。途中、アンクル・カゲがJMoF会場を後にする際、見送りに外まで同行した。握手を交わしていただいた。
デッドドッグパーティー後、スタッフ控室とホールロビーのホワイトボードを清掃して、自室に戻る。軽く荷物整理をして、最後までアンケートの作成に手を付けようか迷いながら、一思いに25時就寝。

4日目

7時起床。朝食を摂ってシャワーを済ませ、9時のスタッフ朝礼に参加。アンケートの作成が間に合わないことをスタッフ全員に伝える(陳謝した)。自室に戻り、荷造りをして戻ってくると、搬出作業はすでにほぼ運搬車待ちの状態になっていた。11時ごろにシャトルバスに乗り込んで豊橋駅に向かい、開明軒で黒毛和牛のデミグラスオムライスを食す。13時ごろに新幹線に乗り、帰路に就く。


このエントリーを書いて今にいたる。25時就寝予定。

謝辞

JMoF 2020をもって、私はJMoF実行委員会の広報スタッフ歴が6年以上(2014年~現在)となり、よって小学校を卒業できるほどの時間が経過した。前々リーダーのハムさん、前リーダーのじそさん、そして前代表であり私を引き入れてくださったクリスケさんには、本当にお世話になった。また、ここには書き切れないくらい、多くのスタッフやボランティア、参加者にお支えいただき、くじけそうになった心を奮い立たせてくれたことに感謝したい。今回は節目として記録に残すべきと考え、久し振りにブログを更新する。

2016年12月31日土曜日

2016年を振り返る

退職と再就職

JMoF 2016が終わってから3ヶ月も経たない内に、前職を辞めました。
前職は従業員が10人未満のこぢんまりとしたLSP(ランゲージサービスプロバイダー)の会社でしたが、皆さんがよく耳にするような大企業とのパイプを長年持っていました。私はそこで、主にDTPオペレーターとして取り引き先の担当者から(喜ばしいことに)信頼を得ていました。
ですが、零細企業とはいわば荒波に繰り出している小舟のような存在であり、それ故に船員は全クルーとウェットな信頼関係を築かなければなりません。私の場合、経営者とのミスコミュニケーションが積み重なってしまいました。
人それぞれに得意・不得意があり、自分の常識は他人の常識ではありません。少なくとも、私は脅されて強くなる人ではなかったようです。最後には、なかば感情的になって退職しました。

再就職手当をもらうようになってから、就職活動を始めました。とは言っても、はじめの内は活動実績をつけるために、ハローワークの担当者と週に1回面談することを機械的に続けていただけでしたけれども。
求人に応募することをはじめても、企業研究にはまったく関心を持てなかったので、面談の機会をいただいてからその企業のホームページなどを確認していました。「御社の求人票を拝見しましたが、それだけでは分からないことがたくさんあります。今回、こうした機会を設けていただきましたので、御社についてより詳しい話をお聞きしたいと思います」と、面接の場で企業分析をしていました。

前職では大人しくし過ぎたという反省もあり、強気の姿勢を貫いた結果、応募した会社の4割程度から内定ないし採用のお知らせをいただきました。そして、そうした会社に「逆お祈りメール」を書いて送る経験もしました。ただ、いつまで経っても決断しないことは身内を不安にさせるため、年内での決着をはかり、再就職しました。
どれだけ冷静になろうとも、どれだけ強気になろうとも、完璧な選択は難しいものです。最終的に選択した道の価値は、今のところまだ見えていません。ですが、今得ているチャンスでは、多少の反抗心をもって挑もうと考えています。

ゲーム三昧

退職後、まず取り組んだことがPCゲーム環境の構築でした。以前から、Steamで販売されているPCゲームに興味があったのですが、要求スペックを満たしていないという問題がありました。友人に依頼して組んでもらったニューマシンは、「一般的なFPSゲームが十分に動作する」環境なのだそうで。私は味を占めたようにさまざまなPCゲームをプレイしました。

特にパズルアドベンチャーものが好きで、『タロスの原理(The Talos Principle)』はDLC『ゲヘナへの道(Road To Gehenna)』やユーザー作成マップも含めてやり込みました。

『タロスの原理』のユーザー作成マップ

スマートフォンでプレイした『ミスト(Myst)』シリーズの精神的後継作『オブダクション(Obduction)』を、オンタイムでプレイできたことを感慨深く感じています。

『オブダクション』のフンラース(Hunrath)
他にも、『カタイフ:クンチーの実験(Catyph: The Kunci Experiment)』、『言葉の力において(In Verbis Vertus)』、『ジュリア:星々にまどろんで(J.U.L.I.A: Among the Stars)』、『命なき惑星(Lifeless Planet)』、『パパとぼく(Papo y Yo)』、『気付き(The Witness)』……最近のものでは『クウァーン:不滅の思想(Quern - Undying Thoughts)』などなど、紹介したいPCゲームがたくさんあるのですが、このくらいにしておきます。
とにかく、ゲーム三昧の日々を送っていたということです。

JMoF/Furry研究会/Philosofur

はじめに総括を書いておきますが、自由に使える時間の量が増えても、必ずしもすべてができるわけではありません。趣味に関して、私はこの大きな時間を「カラーのイラストを練習する」こと、そして「ケモノ着ぐるみを作る」ことに使うことができませんでした。その代わりにできたことが、掲題の3つです。
JMoFでは、広報スタッフとしてウェブサイトやチラシの原稿執筆/校正/翻訳チェック、Facebookページの更新を担当しています。今回私は、ウェブサイトやチラシのテキストを、日本語・英語の両方ともほぼすべてチェックしました。日本語にして約2万~3万字の量でしたが、「参加者を過度にお客様扱いしない」とか、「システマティックで読みやすい文章にする」とか、さまざまなことを考えながらやりました。
JMoFに参加する皆さんがどう感じているのか、まだ分かりません。ですが、少なくとも日本語と英語の情報ギャップの穴埋めには成功していると信じています。
Furry研究会は、私とまんぐくんがJMoF 2016でやったこと(ケモナー論文公聴会)をきっかけにはじまった試みで、狐野くんをリーダーに据えてこれまでに5回開催したイベントです。「ケモノを言葉の世界で楽しむ」をキーワードに、ケモノについて皆で考える場を提供しています。
Furry研究会の準備で一番気を遣ったことは、知識の垂れ流しにはしないようにすることです。……人によっては気持ちいいと思ってくれるかもしれませんが、小難しく考えることはいったん脇によけて、敷居が低くて間口の広いテーマや方法を採用しました。
『フィロソファー(Philosofur)』は、JMoF 2017のディーラーズルームで有償頒布する、ケモノのテクスト系(エッセイ/記録/研究)雑誌です。なぜこの本を作ったのかについて、詳しい経緯はこの本の中に書いたので割愛します。

『フィロソファー1』の表紙(イラスト:朝城緋蓮さん)
私はこの本のほぼすべての文章を校正しました。プリントアウトした原稿を手に、コーヒーショップや図書館でガリガリと校正する日々(実際には、就職活動やその他の活動もそこでしていましたが)が3ヶ月ほど続きました。「外食店で原稿を書く/校正する」という体験は、正直な話、生きているという実感を覚えるくらいには心に染み入っています。

パッと見で分かるような創作を、今年はあまりできなかったのかもしれません。ですが、こうした文筆活動も創作の1つだと思っています。その意味で、2016年は趣味面で充実していました。

旅行暦

最後に、2016年に旅した各地の写真を載せて、今年の振り返りを終えます。

ユスタヴァとライル(オーナー:KINさん)のツーショット(撮影:着ぐるみ写真館さん)
一年のはじまりはJMoFから。愛知・豊橋で行われた「JMoF 2016」に参加しました。そういえば、「JMoF 2017」までもう1週間もないですね。早いものだ!


さっぽろテレビ塔での集合写真(撮影:Mutさん)
数週間も経たない内に、北海道・札幌で行われた「ちるこん」に参加しました。オフ会の後日、龍我さんとらるくんといっしょにサッポロビール園に赴き、サッポロビールクラシックを片手にジンギスカンを食べました。これがうまかった!


「篠原の里」は、廃校になった旧校舎を再利用した宿泊施設です(撮影:豅リリョウ)
主催のこまこまさんに誘われて、神奈川・相模原で行われた「モフしっぽの会」に参加しました。


大崎八幡宮本宮(撮影:豅リリョウ)

氷狐さんを訪ねに、茨城・仙台に行きました。国宝である大崎八幡宮と、仙台城(青葉城)跡を観て回りました。大崎八幡宮は、青い彩りが印象的でした。仙台では、だるまも青いんですねえ。


ユスタヴァ(撮影:ゆうすけさん)
夏真っ盛りの8月、スタジオアッサンブラージュ東日暮里で行われたケモノ着ぐるみ撮影会「ぽた会」に参加しました。初めてのスタジオ撮影、緊張しっぱなしでした。


迎賓館赤坂離宮の裏側(撮影:豅リリョウ)
両親といっしょに東京スカイツリー(墨田区)と迎賓館赤坂離宮(港区)に行きました。迎賓館赤坂離宮は、今年の4月に一般公開が実現したタイムリーなスポットです。


上賀茂神社(賀茂別雷神社)細殿前の立砂(撮影:豅リリョウ)
愛鋼熊さんや雪降らないかなさんをはじめとした京都・大阪の友人を訪ねに、秋ごろに関西を旅行しました。京都ではいろいろな場所に行きましたが、トピックは上賀茂神社、次点で都路里ですね。
大阪では、国立民族学博物館などに行きました。


オーシャンスタジアムでジャンプをするシャチ(撮影:豅リリョウ)
小学生の頃からの友人といっしょに、車で千葉・鴨川にある鴨川シーワールドに行きました。やっと会うことができた!


2016年は……確かに自分の部屋にこもっている時間が長かったと思います。ですが、何も得られなかったわけでもないようです。少なくとも、浪人時代の私よりかは生き生きした一年でした。
来年の2017年は、この一休止で得たエネルギーをばねにして、できることをできる限りやっていきたいなあと思います。皆さん、よいお年を。

2016年5月7日土曜日

『ズートピア』を観る前/観た後に思ったこと

ケモノ好きの友人や知人が続々と「ズートピアはいいぞ」発言をするたびに、私は一種の強迫観念を強めていきました。あのディズニーが、ここに来て擬人化動物活劇に真正面から取り組んだというちょっとした衝撃。普段は映画をほとんど嗜んでいないとはいえ、JMoF2016での発表やFurry研究会(次回は2016年5月21日開催)を通じて、「ケモノを大真面目に語ってみよう」と呼びかけ始めた私として、さすがにこの作品は観ておかないといけないんじゃあないか?自分の意見を持っておかないと、場合によっては示しがつかないんじゃあないか?――そんな強迫観念が、私を数年ぶりに映画館へと駆り立てました。正直な話、観る直前は少し肩がこわばっていました(苦笑)。

たいへんスマートな作品でした。そんなに緊張する必要もなかったですね。その場その場の軽快かつ密度の濃いキャラクター描写は、さすがディズニーだと驚嘆しました。2時間の上映時間があっという間で、ファンの間で「ジュディとニックの後日譚を観てみたい」などの欲求が湧いてくるのもうなずけます。はい、「ズートピアはいいぞ」……と言う前に、上記のとおり自分の意見の用意のため(私って小心者だなあと思いました)、この映画を観て思った個人的な感想を以下にまとめました。一部にネタバレを含みますので、できれば映画鑑賞後にお読みいただければと思います。

「ズートピアはいいぞ」と言わざるを得ない事情


『ズートピア』には無駄なカットがいっさいないと言っても過言ではないと考えています。注目すべき発言や注目すべきアイテムは、それぞれいいタイミングで導入されて劇中で繰り返し使用されるため、考える隙を与えません。「ズートピア」に映し出されるさまざまなカットが、全体的に知恵の輪のようにガッチリと組み合わさっているのです。

探偵もの/バディものの物語として必要なステップ(相互理解、離合集散など)が揃っていて、しかも必要最小限のステップ数に留めています。特に、ジュディがニックをニンジンペンの録音機能で捜査に協力するようハメるシーンから、「野性」化したマンチャスとジュディの存在を快く思わないボゴ署長から逃げおおせた2人がロープウェーで心を通わせるシーンまで、1日も経っていないにも関わらずニックはジュディに自身のトラウマを打ち明けていました。

エッセンシャルな要素だけを抽出して段取り良く描写していくさまは、いわば完成度の高い小論文といったところでしょうか。こうした無駄のなさは、抽出のしにくさの裏返しともいえます。全体的な完成度が高いほど、ネタバレをせずに作品を紹介することが難しくなり、結果「ズートピアはいいぞ」という決まり文句に帰結するのではと感じました。「いいぞ」という表現に対して閉嘴して(黙って)でも「いいぞ」と言いたいのは、オフでその楽しいエクスペリエンスを仲間とともに分かち合いたいという純粋な心の表れだと勝手に解釈しています。

ちなみに、「「ズートピアはいいぞ」と言わしめているファクターは、完成度の高さ」というのは、観る前に私が予測していたものです。

『ズートピア』は社会諷刺映画なのか?


多くの人が『ズートピア』に高評価を与えています。特に、「単なる冒険活劇に留まらず、現代社会にはびこる「ナチュラルな差別」に肉薄した傑作だ」という論説が目立っているように思います。だからこそ私は観る前に緊張していました。単なる映画ではないのなら、身を引き締めて刮目しなければならないと……。

単なる強迫観念だったと今は思います。上記のとおり、無駄がないので話がすっと頭の中に入り、ジュディとニックがテンポよく面白おかしく物語を進行していきましたから、観終わった後は濃密なエンターテインメントに浸った充足感でいっぱいになっていました。

もちろん、身の回りにあるのに気づかない差別や偏見はキーワードの1つではあると思いますが、『ズートピア』の物語の主軸はあくまでジュディとニックの成長物語にあります。もし、私と同じような観念を持っていたら、ディズニーはエンターテインメントを裏切っていない、探偵もの/バディものとして完成度の高い映画なので、そこまで心配する必要はないですよとお伝えしたいです。

ある意味、昨今大ヒットを記録している『Undertale』と似たようなものがあるのかもしれません。

擬人化動物の自由度レベルについて


どのキャラクターにどの種の動物を当てはめるかは、言わずもがな重要だとわかるでしょう。動物種それぞれに対して社会通俗的なイメージが少なからずあり、このイメージをうまくハンドリングすることによってキャラクターをさらに特徴づけることができます。

詐欺師のニックにはキツネを、ズートピア市長にはライオンを、警官には勇ましく大きな動物種を、陸運局(DMV)の係員にはナマケモノを(DMVの事務手続きの遅さの諷刺)……などなど、それぞれの役どころにぴったりなイメージを持った動物種を当てはめていった感じがします。

私は映画を観る前、こうしたセオリー通りの配役を知って、ほんの少しだけ落胆していました。差別や偏見といった既成概念について物語を作るなら、なぜその動物のイメージを超えた配役にできなかったのか?人格の諷刺のための擬人化の域を出ておらず、動物に関する既成概念の力をただ借りたキャラクターなのか?私はディズニーに対して、ディズニーの擬人化動物の自由度レベルにはまだ限界がある、と思っていました。

映画を観た後にその考えを改めました。ズートピアがバディの成長物語のために用意された世界だと解釈すれば、肉食動物バーサス草食動物という誰もが知っている二分律だけで事件のバックグラウンドを構成できます。副次的なテーマは確かにこれですが、あくまで主軸はジュディとニックにあるので、わかりやすさ重視で選んだものと感じました。

さらに言えば、特にガゼルとニックはズートピアにおいて超次元的な存在です。音楽に関わる人はなぜ社会に先立って開放的な考え方を持っているのでしょうか?ガゼルはインタビューで「多様性(diversity)」という単語を口にしますが、おそらく哲学的な意味ではなく、純粋な彼女の立場表明であったように思いました。ニックはさらに進んで、もはやキツネである必要がないくらいの境地に立っているようでした。幼い頃のトラウマとジュディとの関係だけが、彼をキツネたらしめていると感じました。

何を言いたいのかまとめると、ディズニーの擬人化動物の自由度レベルは想像以上に高かったです。トラディショナル(伝統的)な擬人化動物も、コンテンポラリー(共時的)な擬人化動物も、ディズニーは高い品質で描出できます。

ジュディの記者会見の衝撃


私が最も印象に残ったシーンはジュディの記者会見です。ジュディが掴んでいる「事実」に基づき、肉食動物には元来凶暴性が備わっていると発言してしまい、絶望したニックが彼女の許を去るという場面ですね。ジュディの成長ステップとして、バディの成立過程として、探偵もの/バディものの物語のプロットとして、「ナチュラルな差別」を加味しつつありありと描いていました。

特に市長の逮捕は、「ライオンの地位を落とした」という意味で上記の擬人化動物の自由度レベルの高さを示しています。原案はライオンでなくてもよかったが、あえてライオンを起用したのではないか?と勘ぐってしまうくらい、私は感動していました。

『ズートピア』は、今まで再三述べてきたように(哲学的な)多様性や「ナチュラルな差別」を語ることを主軸に置いているわけではなく、それらに対する教訓を交えつつ私たちを楽しませてくれる探偵もの/バディもののエンターテインメントだと思います。ただ、「ナチュラルな差別」に対する敏感度は人によって異なるので、気が付いていたり気にしていたりする人にとってはその面が大きく目に映るはずです。それ故に、「単なる冒険活劇に留まらず、現代社会にはびこる「ナチュラルな差別」に肉薄した傑作だ」という論説が多くなされているのだと考えています。

敏感度の共有は難しいですが、このシーンはそうした「ナチュラルな差別」を端的にわかりやすく描いているので、気づくための最初のとっかかりとして多くの人に注目していただきたいと思います。

テンポの良さに隠された素朴な疑問


「「ズートピアはいいぞ」と言わざるを得ない事情」で、『ズートピア』の完成度の高さについて指摘しました。こうした無駄のない構成は、逆にいえば多くの無駄――やんわりと言えば多くのトリビアを排しているとも言えます。

たとえば、熱帯雨林地区(レインフォレスト)や氷雪地区(ツンドラ・タウン)などでの暮らしぶりは、ジュディが上京(上ズートピア?)するオープニングシーンに一瞬映るだけで、映画鑑賞中にそうした住民の生活感を肌で感じることはできていません。

新米警官のジュディを目の敵にしていたボゴ署長の改心もわかりにくいです。ボゴ署長がガゼルのアプリで遊んでいるシーン、彼に対して圧力をかけてきたレオドア・ライオンハート市長の辞職、ジュディが約束通り失踪した住民を発見、以上3点がきっかけで彼女に対する目線が変わったのだろうとは思いますが、改心そのものの描写はなかったです。

個人的に一番の謎は、ズートピアっ子(なんて呼べばいいのでしょう……?)を「野性」化させる「夜の遠吠え」の存在です。バニーバロウの農園で、「夜の遠吠え」は虫除けとして使用できることと、肉食・草食の区別なく食べた者は凶暴化することが判明しましたが、その危険性がなぜズートピアっ子に認知されていなかったのかが疑問です。もちろん、「野性」化のメカニズムも気になるところではありますが。

極論を言えば、ズートピアはジュディとニックそれぞれの成長と、バディの成立過程のストーリーテリングのためだけに用意された世界のようだとも感じました。

「Zootopia」を「ズートピア」としたこと


映画のタイトルが街の名前である「Zootopia」であるからして、多くの人はおそらく「街のあり方を問う物語」だと想像するのではと思います。そのテーマも確かに含まれていましたが、実際には主軸はあくまでジュディとニックの2人にあると感じました。

ですから、ある意味日本でタイトルが変更されなかったことが不思議です。『ジュディと詐欺師』になっていてもおかしくなかったのでは……(笑)

上記のとおり「ナチュラルな差別」について端的に描いているので、原題からしてズレているとは思っていません。ただ、ストーリーラインを完璧にするあまり、描かれなかった「知りたかった無駄(トリビア)」が多く残ってしまったことが、タイトルに鑑みて物足りなさを感じます。

映画館で私のすぐ後ろに座っていた2人組の女性が鑑賞後、「すごく良かったんだけど、とても惜しいよね」と話していましたが、私もそういう意味では賛同します。

最後に、いままで述べてきたことを短くまとめます。
  • 『ズートピア』はスマートな探偵もの/バディものエンターテインメント作品
  • ディズニーの擬人化動物はもう過去のものではない(特に「ジュディの記者会見」は必見)
  • 『ズートピア』だけではズートピアのことがわからない